青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

「お金」と「幸せ」の関係

「お金さえあれば幸せになれる」

 

 そのような言葉をときどき耳にします。

 

 しかし、私はそうは思いません。お金だけあっても、目的や理解する心、愛情がなければ幸せにはなれない、というのが私の考えです。

 

 もちろん、お金があれば何でも好きなものを買えますし、何でも好きなものを食べたり、旅行も行きたいところへ行けるなど、何もかもを自由に考えることができます。それを求めるのは、人間として無理からぬことでしょう。

 

 ただし、そうはいっても、ジュエリーや服、バッグをはじめ、家具から食器にいたるまで、何から何まで高級品で身を固めたとして、はたしてそれが真の幸せといえるでしょうか。結局、その一時の物欲を満たしているだけのような気がします。人間の欲望というのは本当に深いもので、ひとつの欲を満たせば、次はさらに深い欲望の淵へと入り込んでいってしまうのです。

 

 やはり、そこに目的や理解する心、愛情というものが伴い、常識をわきまえていなければ、見栄を張るためのお金でしかなく、心の底から満足することもできず、ただ欲望を満たすだけの行為といえるのではないでしょうか。

 

 たとえば、ブランド品のバッグでも、見栄のためではなく、仕事で頑張った自分へのご褒美として買ったなら、それを見るたびにやる気が出るなど、心に張り合いを持たせることになるでしょう。また、誰かに贈り物をするような場合でも、相手の喜ぶ顔を見たいといった気持ちで選べば、贈った側も幸せな気分になれるのではないでしょうか。

 

 その一方、心が育っていないと、高級品を持つことで自分が偉くなったような気になり、持てない相手より自分のほうが上なのだ、と勘違いしてしまうこともあります。お金というものは、そういった間違いを起こしやすい側面があるのです。

 

 そういう間違いの中には、こういうものもあると思います。たとえば誰かを家に招待したときに、高級な家具や食器類で部屋を飾り立てたり、高価で派手なブランドものの洋服を身につけて迎えたとしたらどうでしょう。

 

 それではまるで、「どう? 私ってすごいでしょ」と言わんばかり。相手への愛情も理解も乏しく、ただ見せつけるための身だしなみ、行動だと私には思えます。招かれた方とて、〝人を見る目〟があるわけですから、やがてひんしゅくを買い、周りから人が離れ、ひとりぼっちの寂しい人生だけが残ることにもなりかねません。みなさんはどう感じられるでしょうか。

 

 もちろん、お客さま用のとっておきの食器を使うのがいけないといっているわけではありません。

 

 要は、何事も程度問題。相手の気持ちを理解し、愛情がなければ、おもてなしの気持ちが伝わらないばかりか、〝相手を必要以上に恐縮させてしまう〟ことにもなり、逆に失礼に当たることもあるのではないかと思うのです。

 

 そのように、お金というものは、その人の人間性を浮かび上がらせてしまう怖さもあるのです。

 

 生活状況がよいところを見せたい、といった見栄がある人は、両手にじゃらじゃらと宝石をつけたり、部屋を豪華なインテリアで埋め尽くしたりすることも見受けられます。

 

 逆に、お金を持っていると同時に、素晴らしい人間性も備えている人は、見た目の豪華さなどにはこだわらずに、控えめな中にも凛とした姿や、品格が、おのずと内面からにじみ出ています。

 

 自分の欲望を満たすためだけや、優越感を感じるためだけにお金を使っていれば、たとえお金を持っていたとしても、〝相手も人の心を見ている〟ということに気づけず、逆に恥ずかしいことだということにさえ、気づくことができないと思います。

 

 このように、お金さえあれば幸せになれるのではなく、心も育っていなければ、本当の意味で幸せを感じることはできない、と私は痛感します。

 

 つまり、幸せはお金が運んでくるものではなく、自分自身の心が作り出すものであると思うのです。

  

 

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