【「運命」とは?(その1)】の続きです
そもそも人間とは、命が終わればそれで終わり、というわけではありません。その人の本体である魂は永遠に存在し続け、何度も何度も生まれ変わる、いわゆる輪廻転生をくり返す存在です。そして、再びこの世に生まれ変わってくるときに、過去世での「カルマ」を背負って誕生してくるのです。
つまり、複雑に絡み合った幾多の運命の糸に導かれて、あなたは今、この世に生を受けている、というわけなのです。
また、この「カルマ」には、あなたがとった行動や発した言葉だけでなく、目には見えない思いなども含まれます。
たとえば、顔では笑っていても心の中で悪態をついていたりすれば、それも 「カルマ」になるということです。
そして、そのようにして作った「カルマ」のすべてを、神はひとつも漏らすことなく、しっかりと見ていらっしゃいます。
私は、神から授かった透視力を用いてみなさんの相談に乗っていますが、相談を受け、神にお伺いを立てるたびに、「神はしっかりと見ていらっしゃる」と実感することが数えきれないほどあります。
つまり、その人が作った「カルマ」は、まるでピタッとハンコで押されたように、神の世界にしっかりと記録されるのです。
たとえるなら、「カルマ」のすべて、つまり、よい行いと悪しき行いのすべてを記録する台帳のようなものがあり、それが神によって管理されているようなものなのです。
たとえ、どんなに小さな「カルマ」であっても、その人の言動、思考(心の声)が、そのつど台帳に書き込まれていく、といえばわかりやすいでしょうか。
いうならば、前世の行いが書き込まれた「カルマ」の台帳を持って生まれ、そこに現世の行いで作った「カルマ」も加えられていくわけです。
要するに、みなさんが普段の生活でよい行いをすれば「よいカルマ」が増えていきますし、悪い行いをしたなら「悪いカルマ」が増えていくということです。
ただし、人を故意にだましたり、陥れたりといった、人間の道に外れるようなあくどいことをした場合は、また特別です。それに見合った「カルマ」、私の知るところでは、その行いの三倍に当たる「悪いカルマ」が台帳に加算されるようです。
そうなれば当然、その人は、重い負債を背負うがごとくの人生になってしまうわけです。
もしも、人が輪廻転生をすることなく、一回限りの生を受けてこの世に生まれてくるのならば、旅の恥はかき捨てとばかりに、その場限りの安易な行動でやりすごしたり、誰かの足を引っぱってでも欲を満たすような生き方をしていても、問題はないのかもしれません。
しかし、人は何度も何度も生まれ変わります。そして、悪い行いをすれば、やがてそれは全部、自分に還ってくるのです。
いずれにせよ、早いか遅いかは別にして、あなたがしたことは必ずあなたに還ってくる、ということだけは、揺るぎのない事実なのです。
foomii もしくは まぐまぐ で登録できます。
【You Tubeチャンネル】