青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

あなたの評価を下げる慣れの怖さ

 礼儀作法やマナーといったものは、学んでいくことで身につけていくことができます。また、作法やマナーのみならず、それぞれの所作が見る人にどう受け取られるのかについても、これまでにもたくさんの本が出版されておりますから、身につける努力をすることが大切です。

 

 作法やマナーは学ぶことによって無意識に行えるようになるものですから、身につけてしまえば殊更に意識する必要はなくなります。しかし、礼儀作法の欠如だけでなく、日常生活においてもっと気をつけなくてはならないことが存在します。つき合いが慣れてきたときや、ふっと気を抜いたときに出てしまうちょっとした〝癖〟が、自分が知らないうちに、人からの評価を下げてしまう要因となってしまうことがあるのです。

 

〝癖〟とひと口に言ってもいろいろとあります。腕や足を組んだりですとか、髪をいじったりすることもそうですし、貧乏揺すりやポケットに手を入れてしまうなどなど……。

 

 挙げればきりがないほど癖というものはあります。ちなみに、これらの癖にはある共通点があるのですが、お気づきになられましたでしょうか? 

 

 それは、これらの癖はすべて無意識に出てしまうものなのです。もちろん、目上の人の前で腕を組んだりですとか、ポケットに手を入れてしまうことは良くないことであると私たち大人は自覚しています。

 

 でも、人間ですから、ふとしたときにこういった悪い癖が出てきてしまうものです。しかも、ある意味では自然に出てくるものなので、そこに悪意はありません。それが、自分自身で気がつくことを難しくしている原因です。それに、明らかなマナー違反ともいえませんので、それを目にした人もあえて咎めだてしないということも、遠因となっているのではないでしょうか。

 

 また、この〝癖〟という行動には人間性が現れることも多く、仕事に慣れてきたり、一定の地位を手に入れると、その人の性格の形として、表に顔を出してきます。つまり、態度や言葉となって、出てくるということです。それゆえに、〝癖〟というものは非常に怖いのです。

 

 先ほどから述べていますとおり、人は人の態度を見て評価を下しています。ちょっとした癖のせいで、気がつかぬうちに自らの評価を落とす。そして、その癖を誰も指摘してくれない。どうですか?  癖ってとても怖いものだと思いませんか? 

 

 また、人と人のつき合いがどんどん希薄になっている現代では、他人を注意することをはばかる風潮が漂っています。たとえ、先輩や上司であったとしても、なかなか親身になって忠告をしてくれる人は少なくなりました。

 

 昔はそういう悪癖を厳しく注意してくれる大人がたくさんいたのですが、今は違います。その点、今の若い人たちは自分自身で気がつかねばなりませんので、私たちの世代よりも厳しい時代を生きているのかもしれません。

 

 私の本の編集をしてくれているTさんという男性がいます。彼は現在、アラサー世代と若いのですが、とても礼儀正しく、人の気持ちを考えられる好青年です。ここ数年、彼とは一緒に仕事をともにしていますので、気心は知れています。Tさんとの打ち合わせは冗談を言い合うような楽しいものですし、ややもすれば話が脱線して、おしゃべりに夢中になってしまうことだってあるくらいです。

 

 そんなTさんと打ち合わせを行っていたときのことです。取材に関する話もあらかた消化し談笑をしていたのですが、彼がふっと両足を広げて、膝に立て肘をついていたのです。

 

 正直なところ、私はそれをさほど悪いことだとは思いません。初対面の人の前でならいざしらず、何年も一緒に仕事をしてきた気の置けない仲間ですから、むしろ、自然体でいてくれたのだと思う程度でした。

 

 しかし、一般的には目上の人の前で立て肘を行うことは良くないことだとされ、その人間性や品格など、心の内面を誤解されてしまいます。例えば、会議中にそのような態度をとる後輩がいたとします。あなたが上司だったとしたらどう思うでしょうか? 「慎みがない」といったように、後輩の横柄な態度に驚くのではないでしょうか。

 

 話をTさんに戻しましょう。私が接している彼の日常の態度は、親がしっかりと教えた作法を守り、マナーもきっちりした行動をとっています。嫌味もなく品格も備え、育ててくれた親の姿がだぶって見えるくらいです。普段はそういった態度を取っているとは思えませんが、ちょうど、今回の本をどのような内容にすべきかについて話し合っていたので、

「Tさん。ちょうどいいわ! あなたは私の前だからなんとなくついつい……だったのかもしれませんが、年上の方の前では立て肘はつかないほうがいいと思う。私は気にしないけど、なかには気にする人がいるかもしれないわよ。あなたの品格がもったいないわよね。それが今回の本の重要なテーマにならないかしら?」

 

 すると、Tさんはハッとした顔で非礼を詫び、「そうですね! それは大事なことです」と、笑顔で素直な言葉で返してくれ、本の重要な柱がひょんな所から決まったと、お互いに大笑いしていました。

 

 大人になると叱ってくれる存在は貴重になります。誰だって、人に嫌われたくはありませんから、見て見ぬ振りをしてしまいがちです。ですが、それゆえに自分の行いによって、己の評価を下げてしまう人が増えているように思います。

 

 癖の場合、悪気がないことは承知しておりますが、人と接するとき、特に目上の人やビジネスのシーンなどでは、自分が見られているということ、そしてそこで評価されているということを自覚することが肝要です。

 

 では、いかにして悪癖というものは解消することができるのでしょうか? 人間ですから、これまでの悪癖、つまり悪い習慣を変えるには多大な苦労を伴います。これまで無意識に行ってきたことを止めるということは、裏を返せば、新しい習慣を作るということですので、その苦労も当然です。

 

 そこで、まずは自分の癖を意識することから始めてみてください。でも、ただ意識するだけでは足りません。人の習慣というものはそう簡単に直るものではありませんから、ちゃんとした理由付けが必要になってくるのです。

 

 例えば、なぜ立て肘が良くないのか。第三者がその姿を見てどう感じるのかなどというように、良くないとされる理由を考えて、自分の頭でしっかりと理解することが大切になってきます。そして、その態度がいけない理由が理解できると、漫然と「してはいけない」と考えているときよりも、より深く意識して注意することが可能になります。

 

 しかし、口では簡単に言うことができますが、現実的問題として、なかなか癖を直せないのが人間です。日々の生活では注意を払っているつもりでも、日常の行動の〝癖〟には、人それぞれの深層心理から出てしまうこともあるので、常に一定の緊張感を心に持つことが重要になってきます。

 

 もちろん、緊張感を保ち続けるのは簡単ではありません。しかし、普段の立ち振る舞いの中で背中を丸めずにピンと伸ばすように心掛けるなど、心に張りを持つことが緊張感に繋がっていくのです。

 

 癖というものは、一度直してしまえば、礼儀作法と同じで無意識に己の行動を正すことができます。つまり、習慣として存在していた悪い癖を、正しい習慣で上書きしたということになるのです。

 

 人は誰しも、悪い習慣のひとつやふたつは持っているものです。私たちは聖人君子ではありませんのでそれは当然のことですが、それをほったらかしにせず、ひとつずつ悪い癖を直し、すばらしい品格を得られるよう、日々、切磋琢磨していきましょう。

  

 

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