青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

奇跡は起こると思いますか?

みなさん、「奇跡」は信じますか? 体験したことはありますか?

 

まず、私の見解から言うと、奇跡はあります。

 

今日は、そんな奇跡を体験した方のお話をふたつご紹介したいと思います。

 

ひとり目はK.Yさん(男性)。とっても不思議なお話です。

 

ある日、家に帰ろうといつも通る道を車で走っていたんだそうです。夜の10時くらいだったと言います。

 

「あれ…? 間違えるはずないんだけどな…」

 

おかしなことに、いつも通っている道なのに、どこをどう間違えたか違う道に出てしまったんだそうです。おかしいとは思いつつ、気を取り直してまたもと来た道に戻り、家路を急いだそうです。

 

「あれ…? また??」

 

また道を間違えてしまったんだそうです。いつも通る道なのに。おかしいとは思ってはいても、何が何だか訳がわからず、とにかく車を走らせたんだそうです。

 

結局、家に着くまでに2時間もかかってしまったそうです。普段ならば、ものの20分くらいで着いてしまう道なのに。普段どおりの道を走っているのに、気がつくと違う道に出てしまうんだそうです。

 

なんとか家に到着したものの、さらにKさんを驚かせることが起きていました

 

Kさんが住むマンションで事件が起きていたのです。マンションの周りには消防車や救急車、パトカーが停まっており、騒然としていたそうです。

 

なんでも、同じマンションに住む男女が色恋沙汰で揉め、片方が灯油を被って駐車場で火をつけたんだそうです。その場所はKさんが普段車を駐車している場所のすぐそばで、いつもどおりそこに車を停めていたら間違いなく引火していただろうとのことでした。

 

普段通っている間違うはずもない道で何度も迷ったKさん。そして、やっとの思いで家につくと自分が巻き込まれるかもしれなかった事件が発生していた。とっても不思議な体験です。

 

 

ふたり目はT.Oさん(女性)。

 

つき合っていた彼氏と別れてしまったTさん。突如訪れた別れ。悲しみの淵に落ちた彼女は、悲しくて毎日毎日泣いていたそうです。

 

ある日曜日。

 

湖のある気持ちのいい公園に行って気分転換をしようと車を走らせたそうです。でも、やっぱりそこでも悲しくなって泣いてしまう…。

 

「気持ちを切り替えなきゃ! 明日から仕事に打込もう」

 

そう自分に言い聞かせ、座っていたベンチから立って帰ろうとするんですが、自然と涙が出てきてしまったと言います。それだけ、心に深い傷を負ってしまったのでしょう。

 

一日中公園で泣き、気がつくと夕方になっていたそうです。帰らなきゃと思い、駐車場まで続く下り坂を走ったそうなんです。そしたら、何かにつまづいて転んでしまいました。

 

もう、体の痛み、悲しみ、情けなさ、いらだち、いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、そこに座り込んでまた泣いてしまったそうです。

 

すると、そんなTさんの前にひとりの男性が現れ、手を差し出してくれました。

 

「大丈夫ですか? 立てますか? 実は、さっきからずっとあなたを見ていたんですよ。ずっと泣いてるものだから大丈夫かなぁって。湖のほうに行って自殺でもするんじゃないかって心配してました」

 

「す、すみません…。大丈夫です。立てます。…痛っ!」

 

「膝の打撲ひどそうですね。車ですか? 運転できます? 送って行きますよ。ちょっと待っていてください。僕も車で来ているんで、管理人さんに言って置いておいてもらいますから」

 

そうして、「悪いな」と思いつつもその好意に甘え、彼に自分の車を運転してもらって家まで送ってもらったそうです。

 

数日後、何かお礼をしなきゃと思ったそうなんですが、あの日、あとでお礼をしようと彼から連絡先を聞こうとしても、「いいから、いいから」と言って受けつけてくれなかったそうです。

 

でも、「なんとかしなきゃなあ」と思い、あの公園に行って管理人さんに事の顛末を伝えると、あの日彼は車を一時預かってもらうために住所や名前、連絡先を残していたそうなんですね。

 

管理人さんから連絡先と住所を聞き、彼に電話してお礼に行ったそうです。すると彼の母親もいて、

 

「コーヒーでよかったら飲んで行ったら?」

 

と言われ、家に上がらせてもらってコーヒーを飲みながらいろんなお話をしたそうです。

 

すると、あの日、彼が公園にいた理由を聞いて、少し驚いてしまったそうです。

 

「いやあ、実は縁談が決まっていたんだけどダメになってしまって…。それであの日、考え事をするために公園に行ったんだよ。そしたらずっと泣いているあなたがいて」

 

ふたりとも、同じような理由であの公園にいたのです。

 

それから数日後、家まで上がらせてくれた彼の母親にお礼をしようと、菓子折りを持って訪ねたんだそうです。すると彼から、

 

「家にいるのもなんだから、ドライブでもしない?」

 

と誘われ、ふたりで出かけたんだそうです。その日を境に、ふたりで出かけるようになり、いつしか「いい人だな」と思うようになり、やがてふたりはおつき合いをするようになりました。

 

現在、ふたりは60も半ばを過ぎ、とっても幸せな老後の人生をふたり仲良く歩んでいます。

 

 

Kさんの場合は、神仏が彼を守ってくれました。こういった場合、彼にはこの世でやり残したお役目があるのです。運命に従い、何事もなく家に帰っていたら、彼は事件に巻き込まれていたでしょう。それを、お役目を果たさせるために、神仏が守ったのです。

 

Tさんの場合は、お互いの神仏がふたりを引き寄せました。奇跡というと、Kさんの場合のように「もしもあのとき●●していなかったら…」とか、そういった「助かった」ということを思い浮かべますが、Tさんのような場合もあり得ます。

 

みなさん、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』はご存知ですか?

 

お釈迦様が極楽から地獄を見ていると、ひとりの見覚えのある男性がいます。彼は地獄に落ちてしまいましたが、お釈迦様はあることを覚えていました。

 

彼は生前、さまざまな悪事を働いていたために地獄に落ちてしまったのですが、一度だけ良い行いをしたことがありました。一匹の蜘蛛を殺そうと踏み潰そうとしたのですが、思いとどまって命を殺めなかったのです。

 

それを覚えていたお釈迦様は、彼を地獄から救ってあげようと、一本の蜘蛛の糸を彼に垂らしてあげます。彼はその糸をつたって上っていけば極楽に行けると思い、上って行きます。

 

しかし、途中まで来た所で下を見下ろすと、多くの罪人たちが自分と同じように蜘蛛の糸をつたって上ってきます。「これでは糸が切れてしまう」と思った彼は、

 

「この蜘蛛の糸は俺のものだ。お前達は一体誰に聞いて上ってきた。下りろ、下りろ」

 

と言います。すると次の瞬間、糸はプツッと切れてしまいました。その一部始終を見ていたお釈迦様は、自分のことだけを考えてしまった彼の心と、また地獄に落ちていく彼の姿を見て悲しそうな顔をしましたが、またゆったりとした足取りで立ち去ります。

 

神仏は、いつでもこの世に生きる私たち人間のことを見ています。そして、よい行いをしていれば必ず救いの手を差し伸べてくれるのです。どんなに悪人でも、悔い改め、善行をしていれば必ず救われます。罪を犯してしまうのは、カルマに負けてしてまっているためです。

 

ひとつひとつ善行を積み重ねることで、ひとつひとつ幸せがやってくるでしょう。それが、今回ご紹介したおふたりのように、“奇跡”としてやってくるかもしれません。

 

 

 

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