青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

嫁姑問題

 女性が抱える普遍的な悩みのひとつに “嫁姑問題” があります。

 

 昔に比べるとお姑さんと同居するお嫁さんは減りましたが、同居しない場合でも、盆暮れや正月など、家族が一同に会する機会がありますので、そんな場での数少ない接触からも嫁姑のトラブルが起きたりすることもあります。

 

 もちろん、嫁姑問題では、同居している人のほうが悩みは深刻ですが、ひと昔前までの “嫁姑問題”イコール “嫁いびり” といったケースは少なくなってきたようです。いずれにしろ、両者それぞれに心の苦労があるようです。

 

 しかし、考えてみますと、“嫁と姑” という関係と言えども、やはりカルマの共有者であるわけで、いかに「問題を解決するか」ということを大切な課題と考えるべきだと思います。

 

 ではさっそく、様々なケースを挙げながらご説明していきましょう。嫁姑問題に対して、両者それぞれが思い違いや誤った考えに気づくことによって、お互いに反省ができ、少しでも幸せな道を進んで欲しいと思います。

 

 まずは、お嫁さん側が気づくことによってトラブルを回避できるケースからお話しましょう。

 

 最近の若い女性にとっての結婚とは、愛する男性と暮らすことであって、その家に“嫁ぐ” といった意識が薄らいできているように感じていますが、このことがトラブルの引き金になることがあります。

 

 ですから、いくら時代が移り変わっても、私は、お嫁さん側が “嫁いできた” という立場をわきまえることが大切だと考えています。

 

 女性が結婚してご主人の名字を名乗るということは、その家の一員になるわけですから、お嫁さんがご主人の家に馴染む努力をすることが必要なのです。

 

“郷に入れば郷に従え” という諺が教えるように、新しい環境に入ったら、そこの習慣ややり方に従うのが賢い生き方と言えるのです。

 

 嫁ぎ先の家にもその家の伝統があり、それが代々、自然な形で受け継がれ守られてきた中でご主人は成長してきたわけですから、外部には見えないいろいろな面での生活習慣や物の考え方が、知らない間に身についているのです。もちろん、嫁ぐ女性の実家も同じこと。当人は意識せずとも、その家に脈々と伝わる伝統の中で生活してきたわけです。

 

 それぞれの家に代々伝わる伝統というものの中には、家族の考え方、価値観、習慣などいろいろ含まれますが、ご主人側の家の価値観とお嫁さん側の家の価値観が大きく異なる場合も当然あります。

 

 ただ、若い頃には気づかなかった嫁ぎ先の家の伝統の素晴らしさを、年を重ねて初めて理解できるようになることもあります。特に、一般的にはあまり知られていないような料理の味付けや調理法など、息づく先人の知恵に改めて驚かされることもあるのではないかと思います。

 

 ここで、ひとつの実話を例として述べてみましょう。

 

 ある家の姑が晩秋に、代々伝わるたくあん作りや漬け物の漬け方をお嫁さんに教えようとしたそうです。ところが、嫁いで10年経つ共働きのお嫁さんは、「たくあんや漬け物なんか、店で買って食べればいい。せっかくの休みの日に、そんな面倒なことを教えてもらわなくていいから!」

 

 という言葉で突っぱね続けたそうです。その後、いろいろな出来事が重なり、ご主人と子どもと一緒に姑と同居していた家を出たものの、お嫁さんは相変わらず勝手放題で、気ままに生きていったそうです。そして、義父母が淋しくこの世を去り、結局、お姑さんからは何も教えてもらわないままでした。

 

 やがて月日が経って最愛の長男が結婚し、今度は自分が姑の立場になりました。長男のお嫁さんは、子どものときから親にお金の大切さを教えられながら育ち、漬け物の漬け方などの料理のみならず、しっかり生活することの大切さなども躾けられて育ったようです。

 

 一方、定年を迎えたお姑さんは、貯金はおろか借金まで作るあり様。家を担保に取られる寸前になって初めて家族が気づいたものの、金額が大きすぎてどうにもできず、仕方なく長男夫婦の家で同居を始めたそうです。でも、長男のお嫁さんは笑顔ひとつ見せてくれず、打ちひしがれた表情で相談に訪れた彼女は、

 

「長男の家を出ていきたいが、ほかに行くところがない……毎日がつらい!苦しい!」

 

 と拝殿の床に突っ伏して泣き崩れるばかり。その姿を哀れに感じましたが、大事なことに気づけなかったがゆえの結果なのです。

 

 ここで大切なのは、第一に会話によるコミュニケーションです。

 

 不満を言わないようにしていても、いつか顔に出ます。我慢をしすぎると、いつか爆発する心配もありますので、お嫁さんはご主人の大好物の料理の味つけをお姑さんに教えてもらいながら、やがておかず作りを分担するとか、昼と夜の食事作りを分担するなど、時間をかけて、お姑さんと話し合いながら、ふたりにとって無理のない形に変えていくといいでしょう。

 

 また、この主導権争いの根底には、“人間の我” があるということにも気づいておくべきです。

 

 お腹を痛めて産んだ息子は、お姑さんにとってはいくつになってもかわいい息子で、生きがいでもあるわけです。

 

 ご主人にとっても大事な母親です。親子としての歴史があるわけで、その歴史をお嫁さんが変えることはできません。お嫁さん自身もやがて母になり、姑になるわけですから、主人を独占したいとか、お姑さんのご飯は食べさせたくないとか、そのような “我” は不毛であることに気づいて欲しいと思います。

 

 ここでひとつ、詩をご紹介します。

 

『親子の情 邪魔してみたとて いずれ迷わず その道を行く』

 

 親子として培われた「情」を切ることは、夫の心情を考えない行為です。また、自分の子どもがかわいいように、姑もまたご主人(息子)のことがかわいいのです。そんな親子の情を切るようなことをしていると、やがて自分が姑になったときに、息子のお嫁さんから同じようなことをされるカルマを作ってしまいます。

 

 次はご主人がお嫁さんの嫁姑問題で悩んでいた例です。

 

 ご相談にいらしたのは、30代半ばの男性。相談内容は、

 

「2歳半になる娘がいるのですが、先日、妻と別居しました。4年前に父が亡くなってからは母はひとり暮らしをしているのですが、そんな私の母を妻が邪険にする態度があまりにもひどく、見るに耐えられなくなって別居を決めました。

 

 娘のあどけない顔を見ると不憫で胸が痛くなるのですが、今後、妻の態度が変わるようにも思えず、悩んでおります」

 

 さっそく拝殿に向かい神様にお伺いすると、視えた光景はまったく人の話を聞こうとしない奥さんの姿です。

 

「あなたの奥さんは、大変プライドの高い方ですね。優秀で、仕事も家庭のこともきちんとやれる方のようです。

 

 でも、勝ち気な性格が災いしているようです。お姑さんとうまくやれないのもそれが原因でしょう。これまでも人間関係で様々なトラブルを起こしてきたことが視えるのですが、どうでしょうか?」

 

 そう尋ねますと、ご主人は身を乗り出して、こう話してくれました。

 

「そうなんです。妻は出産するまで会社勤めをしていたのですが、上司や同僚の悪口ばかりを聞かされていました」

 

 次に、神様が視せてくれたのは、お姑さんの姿です。

 

「あなたのお母様は親切な人ですが、あなた方ご夫婦の間にちょっと入りすぎたところがあるようですね。息子のお嫁さんと仲良くしたいという気持ちから、おふたりとよく一緒に出かけていたみたいですが、奥さんはそれが嫌だったのでしょう。

 

 初めのうちは我慢していたようですが、徐々に不満がふくらみ、お母様に対して怒鳴ったこともあったのではないでしょうか」

 

 そんな私の言葉に、ご主人はうなだれるばかりです。

 

 「奥さんは子どもの頃から、ずっと自分の親に対してもかなりワンマンな態度をとっている姿が視えます。こういう態度を許してきた親御さんにも責任があると思います。

 

 ただし、彼女自身が自分の欠点に気づいて解決していかなければいけない問題です。

 

 かなり厳しい言い方になってしまいますが、奥さんは、自分の勝ち気な性格が問題を起こしていることをなかなか理解できないでしょう。

 

 はっきり申し上げて、この方は結婚するにはまだ精神的に若すぎたのかもしれません。そう感じたことはないですか?」

 

「はい。あります。これからどんなところに気をつけたらいいでしょうか?」

 

「別居が長引くと娘さんの親権問題が出てくるでしょう。そうなると少し揉めることになってしまいますので、早い時期に、奥様と今一度、心の中を隠すことなく、あなたが配慮できなかった部分も詫びつつ、冷静に話し合う場を持ってください。

 

 奥様も内心、離婚は防ぎたいようです。そういう気持ちが視えますので、親のエゴだけではなく、子どもの将来にとって何がいちばんいい選択なのか、それをおふたりでよく話し合ってください」

 

 そんな私の言葉にしっかりとうなずいてくれたご主人の目には、うっすらと光るものがありました。

 

 では次に、お姑さん側に気をつけていただきたいことをお話しましょう。

 

 お姑さんには、何十年とその家を守ってきたという自負とプライドがあります。ひとつの家、家族を守っていくということはとても大変なことですから、そういったプライドがあるのは当然ですし、誇っていいことだと思います。

 

 そしてまた、長年、家を守ることで培ってきた知恵、知識、経験をお嫁さんに伝えていくのは、お姑さんとしての大事な役目だと思います。

 

 ただ、そうする中で、接し方や伝え方はどうなのか、というところを省みてください。

 

 たとえば、良い姑でありたいために、疲れてしまうほど気を使いすぎているうちに、ある日、突然かまわなくなりすぎたり、あるいは一方的に押しつけたり、つい注意する言葉が多くなってしまったり……。また、一生懸命になりすぎて、一度にたくさんのことを言いすぎたり、一方的に友達感覚でしゃべりすぎていたりといったようなことはないでしょうか。

 

 そのようなことを省みたうえで、長い年月の中でじっくりと教え伝えていくことを心がけてみてはいかがでしょうか。

 

 また、結婚しても、かわいい息子さんであることには変わりはないのですが、

 

「あのお嫁さんは、息子のことをちゃんと世話してくれているのかしら?」

 

「若いお嫁さんだから、行き届かないところが多すぎて……」

 

 といった親心が強まって、ついあれやこれやと必要以上に若夫婦のやり方に口を出したり、息子さんの面倒を見すぎているケースも多いようです。

 

 でも、様々な経験を積み重ねる中でそう思えるようになったのでしょうが、若い頃は料理を失敗したこともあったでしょう。何かにつけて手探り状態の中、あるときは楽しく、またあるときは悲しい気分になりながらも、ここまでの道程を辿ってきたはずです。

 

 また、最近ではお嫁さん以上に、お姑さんのほうが気を使っているケースも増えてきました。

 

 ただ、そうなるとお嫁さんも息が詰まります。お互いにいい人を演じながら、気疲れするほどに気を使い合うといった緊張感が、かえって嫁姑の仲をギクシャクしたものにさせる場合もあるのですが、ここのところのコントロールは、大変難しいものを感じております。

 

 その一方、中には、結婚前はよく気のつくかわいいお嬢さん、結婚当初は素直なお嫁さんだったのに、その態度が徐々に変貌していくといったケースもあります。そういう場合、そのお嬢さんにはもともと性格的にわがままなところが多く見受けられます。

 

 嫁いだ家、義父母との生活に慣れてきたために、本来のわがままな性格が顔を出してしまうのです。私のところにおいでになる方たちを見ていると、“自分の親に口答えすることに慣れている女性” ほど、こういった傾向が顕著です。実の親に口答えをし慣れている場合、義父母に対しても驚くほど、その傾向が出るようです。

 

 そんなお嫁さんの場合は、お姑さんが一生懸命教えようとしても、「文句ばかり言われる」と受け取られることが多いでしょう。

 

 でも、こんなお嫁さんと仲良くするのは無理、と諦めないでください。嫁姑もカルマのご縁によるもの。前世で関わりのあった相手であったり、あるいは、それぞれの欠点を直すがために通らなければならない道のひとつであるかもしれないのです。

 

 それに、ご自分が姑の立場になってから、かつて自分が嫁だったときのことに改めて気づくということもあるのではないでしょうか。

 

「ああ、そうか。あのときのお義母さんの言葉には、こんな思いが込められていたんだな」

 

「厳しいところもあったけど、私に覚えて欲しかったんだな」

 

「息子が結婚して、うれしい反面、寂しかったんだな」

 

 人は、その立場にならなければ、理解できない気持ちというものが往々にしてあるものですが、このように反省ができること自体、カルマの精算のひとつでもあります。

 

 どんなことでもそうですが、問題が大きくなってからでは解決するのにも時間と労力がかかります。問題が大きくなる前に、「過去、現在、未来」を考え、若いうちから正しい知識を蓄え、判断力を養っていく必要があるのです。

 

 ここまで、“嫁姑問題” をお嫁さんの立場、お姑さんの立場でご説明しましたが、問題解決のヒントは得られましたか?

 

 嫁姑問題では、嫁姑の両者共に、いさかいの中で “大事な妻と母親の板挟み” になり、解決の糸口を見つけられずに苦しむ “我が夫” の気持ちも、しっかり考慮すべきです。

 

 また、たとえどんなにわがままなお嫁さんであっても、どんなにうるさいお姑さんであっても、今はあなたの家族の一員です。カルマのご縁なくして家族になることはなく、家族そのものがカルマを乗り越えるための集団なのです。

 

 人間関係は、自分の心を映す鏡でもありますから、お嫁さんやお姑さんの行動や言葉から、自分の欠点に気づく場合もあります。そこに気づくために、今回、嫁姑といった間柄になったのかもしれません。

 

 もしも今、嫁姑問題で頭を悩ませているのでしたら、そういった視点から今一度、目の前の問題を見つめ直してみてください。正しい判断力を働かせれば、自らが直すべき欠点に気づき、それがきっと問題解決の糸口になるはずです。

 

 嫁姑問題をテーマにして作った詩を、ここでご紹介したいと思います。

 

『嫁姑がいがみ合う されどもカルマで 親子だったかも』

 

 この詩のように、ひとつ屋根の下でいがみ合う嫁と姑は、もしかすると、前世では親子だったかもしれないのです。

 

 そして、前世で背負ったなんらかの罪(悪いカルマ)をふたりで乗り越えるために、この世を修行の場として、嫁姑という形で再び巡り会うことになったのかもしれないのです。

 

 人生には様々苦難が待ち受けますが、その苦難を人のせいにしていては、いつまでたっても心が晴れやかになることはないでしょう。

 

 訪れる苦難を “我が修行” ととらえて、“人を許す” “頑固な性格を顧みて、直す” といった道を進んでください。それが、背負ったカルマを解消する術なのです。

 

 そして、カルマの意味を正しく理解し、相手を傷つけるような言ってはならない言葉によって自らの罪を重くしないよう、ご自戒いただければと思います。

 

 

 

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