青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

負の行為をすれば不幸の結果が訪れる

 カルマの清算のために転生があるのなら、人間誰しも持って生まれた悪いカルマがあるため、ひとつひとつの言動を罪と切り離して考えることはできません。

 

 しかし今の世の中、法に触れなければ罪ではないでしょと、自分の心の中の善悪は考えず、法律というルールを犯しているかどうかでしか善悪のことを考えていない方が多いように思います。もっと酷い場合だと、法に触れても捕まらなければ罪ではない、この世はやったもん勝ちだ! とばかりに生きている方もいます。こうした方はスピリットが熟睡してしまっているため、直す心がそもそもありません。

 

 もちろん、法に触れなければ罪には問われませんが、これからお話しすることは生き方の問題です。

 

 たとえば、法律的には何も悪くなくても、心の中に罪の意識を抱えながら、でもついやってしまう、という物事があります。簡単な表現をしますと、うまくいかないのを人のせいにしたり、妬みから人を落とし入れたり、人の悪口を言ったり。もしかしたら私たちの暮らしのあらゆる行為は、心の中に多少の罪の意識を抱えながらしているのかもしれません。

 

 自分が電車で椅子に座れば誰かが座れなくなるかもしれませんし、自分にお金が入ってきた分、誰かのお金は減っているものです。人間はまるで草木のように、自分が長く伸びると影も伸び、隣りの短い草木に日の光が当たらなくなってしまうのです。例を挙げたらきりがないくらい、私たちの一挙手一投足は罪と結びついていきます。

 

 このように、人間は生きているだけでも大なり小なり罪を背負って生きています。しかし、それが現世における罪、かと言えばそれは少し違います。私の考える現世における罪とは、“悪いカルマから逃げること”。しかも、直すことができなければ来世まで引きずってしまう罪です。

 

 物事には原因と結果があります。たとえば、小さなゴミを持っているとします。しかし、近くにゴミ箱はありません。誰も見ていないし、地面も汚く、そもそもゴミがたくさん落ちています。だからまあいいかと、そのゴミを道にポイと捨ててしまうとします。そのときは少し罪悪感を覚えるかもしれませんが、邪魔だったゴミもなくなり、そんなことはすぐに忘れて何事もなかったように生活していくと思います。

 

 原因と結果がある限り、早いか遅いかは別として負の行為には不幸な結末がやってきます。ゴミをポイ捨てするのは負の行為です。理由は、それを見て不快に思う人がいるからです。まったく見ず知らずの相手であっても、「不快」を与えてしまった罪が残ります。不快という感情は負のエネルギーを持ちますから、負の結末を生み出します。ゴミのポイ捨て自体はとても些細な行為ですが、負のエネルギーを持つ以上、その積み重ねが最終的には不幸を生み出してしまうのです。

 

 さらに恐ろしいことは、原因と結果の “原因” の部分がいくら些細なことだとしても、想像だにしなかったような耐え難い結末を迎えてしまうこともあるのです。たとえるなら雪だるまのようなものです。初めは野球のボールくらいの大きさだったのに、転がるうちに周りの雪(不幸)をどんどん吸収し、最終的にはものすごく大きな玉になります。原因と結果の法則においても、まさに雪だるまと同じような動き方をするのです。

 

 このように、負の行為をすれば不幸の結果が訪れるのですから、人は負の行為をするべきではありません。

 

 しかし、こうして頭では分かっていても、知らず知らずのうちに結果的に自ら不幸になることを選んでしまうのが人間です。なぜか? それは、正しい知識がないために、物事を理解し、判断することができないからです。

 

 この世は考えてみますと意外とシンプルな因果の法則にのっとっています。

 

 “善行は幸せを生み、悪行は不幸を生む”

 “善と悪は背中合わせ”

 

 たたこれだけです。人生を複雑怪奇なものにしているのは自分自身なのです。

 

 先ほどのポイ捨ての話に戻りますが、今度はあなたが道端に落ちていた小さなゴミを拾ったとしましょう。辺りにゴミ箱は見当たりませんでしたが、あとで捨てればいいかとポケットにゴミを入れて立ち去りました。やっぱりそれも、そんなことはすぐに忘れて何事もなかったように生活していくと思います。

 

 しかし、あなたがした小さなゴミを拾った善いカルマは、巡り巡って、美しい街を生み、その美しい街に住む人々の心は穏やかになり、穏やかな心は幸福を生み、幸福は平和を生むのです。

 

 このような行動をできる方は、「誰かに認めてもらいたい」などといったような打算がありません。なぜなら、カルマの法則で動くこの世の善悪が分かっているからです。

 

 あなたのすべての言動は、神々の世界では一瞬も洩らすことなく記録されています。たったひとつのゴミでも人の心を動かしますから、ひとつの「善のカルマ」として残ります。無償の行いが、「知らない人が助けてくれた」などといったような形で、必ず未来において我が身に返ってくるのです。

 

 

 

【私にご質問いただけるメルマガはこちら】

foomii もしくは まぐまぐ で登録できます。

 

フーミー

foomii.com

 

まぐまぐ

www.mag2.com

 

 【発売即重版! 木村藤子の最新刊】

神様が教えてくれる 人生100年時代の幸せな生き方
 

 

YouTubeチャンネルはこちら。

www.youtube.com