青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

謙虚でいることの大切さ

 『謙虚な人は誰からも好かれる。それなのにどうして謙虚な人になろうとしないのだろうか』ーーートルストイ

 

 日本におきましても、謙虚はひとつの “美徳” としてとらえられています。諺でも『実るほど頭を垂れる稲穂かな』というものがあります。みなさん “謙虚” とはどういうことかについて、深く考えたことはあるでしょうか。

 

 昔から多くの偉人たちが「謙虚であれ、謙虚であれ」と言葉を残してきました。子どもへの躾としても、「謙虚に生きなさい」と教える親も多いと思います。しかし、今を生きている私たちは、なかなか謙虚になることができていません。自分のことばかりを主張し、人とぶつかり、余計な問題を起こしてしまうことも往々にしてあります。

 

 謙虚とはいったいどのような心のあり方なのでしょうか。そこを探っていきたいと思います。

 

 謙虚と聞いてよく勘違いしてしまいがちなものが、“臆病”です。まずは、“謙虚” と “臆病” についてお話しします。

 

 謙虚な方は自分のことがよく分かっているため、相手を敬うことができます。なぜ謙虚になれるのかというと、日々、自分のことを反省することができ、成長しようとしているからですし、それが自分の人生を輝くものにしてくれることだということを経験として分かっているのです。

 

 相手を敬うことができていれば、相手の話を最後まで聞こうとしますし、相手の話を最後まで聞けるということは、それだけ勉強できるということです。このような方々は、直さなければいけないと思ったことはどんどん直し、相手のいいところはどんどん自分自身にも取り入れていくことができます。

 

 いわば、どんな相手でも自分の鏡として、また我が師として、いつも自分を見るように相手のことも見て反省し、物事を覚え、成長しているのです。なんてすばらしく、謙虚な生き方なんだろうと思います。

 

 謙虚というのは、自分自身を隠すことでも、卑下することでもありません。また、いい人を演じて見せることでもありません。

 

 自分のことをよく理解し、相手の話から勉強しようとし、自らを省み、成長していく姿のことです。

 

 次に “臆病” について考えてみましょう。

 

 臆病な方というのは、自分に自信がないため、常に人からの評価や評判が気になってしまいます。そこで何をするのかというと、自分をさらけ出すのが怖くて、相手から評価されるのが怖くて、都合が悪いことがあると人から逃げてしまうのです。

 

「どうせ自分なんか……。また失敗するのでは……」。そういった気持ちを持ってしまっているのかもしれません。必要以上に自分を卑下しているのかもしれません。

 

 臆病になると、広く物事を考えることをせず、自分のことしか考えられなくなってしまいます。心の中で「相手が悪い」と思ってしまうことも頻繁に出てくるでしょう。

 

 ただ、臆病なためにそういった内面は態度に出しませんから、人によっては謙虚だと思われるかもしれませんが、それは謙虚とは違うものです。心の中ではいつも自分と相手を比べてしまうでしょう。

 

 でも、そのような内面と外面が違う上辺だけの謙虚さを取り繕っても、相手を心の中で見下していたりするのでは意味がありません。相手のことを嫌いだと思っていると、少なからずそれは態度に現れ、表情や言葉遣いから相手に伝わるものです。すると、いつか相手もそんな態度で接してくるようになってしまうでしょう。

 

 臆病な人ほど、自分を守るために過剰に相手に反応します。言動には出さなくても、心の中でブツブツと罵詈雑言を言っている方もいるのでしょう。では、謙虚になれる人となれない人の違い、それはどこのあるのでしょうか。

 

 それは、やはり知識、そしてそこから得られる “知性” であり “品格” だと思います。

 

 これまでの人間の歴史の中で、先に述べたようにさまざまな偉人たちが謙虚でいることの大切さを言葉に残していますが、まず、その知識がない。そして、その知識がないから「なぜ謙虚になる必要があるのか」といったことを考える知性がない。

 

 もちろん、知識があること、知性があることがすべてではありません。学校の勉強だけがすべてではないように、知識、知性が生きていくうえですべてではありません。

 

 しかし、知識や知性というものは、生きていくうえでの人生の指針となり、助け舟となってくれます。知識や知性によって解決できる問題、避けられる問題がたくさんあります。逆に、知識、知性がなかったためにぶつかり、挫折してしまう問題もあります。

 

 だからこそ、いつも耳にたこができるくらい「知識を得る努力をしてほしい」と言い続けているのです。

 

 ある年配の男性で、知識不足によって周りから呆れられている人の実例を紹介します。

 

 その方は、人前で誰かを激しく罵倒することで、「周りの人間は罵倒された人物を悪く思い、逆に自分は人を注意できる行動力があり、見ている人に “すごい人物” と評価される」と豪語していました。

 

 当然、周りの人達は彼のことをよく思っていませんし、巻き込まれたくないために彼には何も言わないのですが、そのように周囲の人が自分のことを非常識な人間と思っていることに気づいていないために見抜くことができません。自分はすごい人間だと評価されていると思い込んでいるのです。

 

 極端な例だと思うかもしれませんが、無知(知識不足)な人というのは、こうした当たり前のことすら分からない、まさに、気づかなければいけないことに気づくことさえできていないスピリットなのです。

 

 最後に、卑屈や傲慢になる兆候をいくつか示しておきましょう。

 

 チェックしてみて半分以上当てはまるようであれば、今一度、自分を反省することが必要かと思います。

 

 ・相手の話を上の空で聞いている

 ・話の途中で自分が話しだす

 ・約束を破るようになる

 ・時間に遅れだす

 ・他人の批判や愚痴が多くなる

 ・自信が過信に変わり、勉強しなくなる

 ・自分の利益を優先するようになる

 ・心の中で人をバカにすることが多くなる

 ・自分は人とは違うといった自負が生まれてくる

 ・なんでも頷けばいい人に見られると思っている

 

 

 

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