青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

自己責任の世界は厳しい? 

 因果の法則というものがあります。すでに知識としてお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、簡単に説明するならば “原因があって結果が起きる” ということです。

 

 この世界はすべてこの因果の法則で成り立っています。人間が作った社会システムだけではなく、この世界そのもの、つまり森羅万象すべてに原因があります。私たち人間の人生だってそうです。そして、究極的にはこの世界はすべて自己責任の世界(カルマを作り出すのは自分のため)だと言えるのです。

 

 “自己責任” と言われると、みなさんはどのように考えるでしょうか。

 

「自己責任なら、責任が持てる行いをしなければ」

 

 と思う人もいれば、

 

「自己責任なら、何をやってもいいんだ」

 

 などのように、真逆の考えを持つ方もいらっしゃるでしょう。

 

 この仕事を通して見てきた方々の中には、責任感がとても強い人もいれば、自分の失敗を平気で人に押しつけたり、自分を守るためのウソを平気でつき、その生き方こそが「世渡り上手である」と信じて疑わない人もいました。

 

 正しい正しくないは別として、人間ですから人それぞれの生き方があります。しかし、この世が自己責任の世界である以上、「幸福になれる生き方」というものがあります。つまり、自分の言動によってよい結果を生むことができるということです。健康的な生活をしていれば、事故などのリスクを除けば、不摂生をしている人よりも長生きできる可能性は高まる。仕事で頑張って数字を出せば出世できる。協調性を保って、思いやりを持って人に接すればよい人間関係が築ける……etc。あなたが生まれてきたこの世では、自分がどんな行いをするかによって、未来(生きている間の未来から、転生して生まれ変わる来世までの未来)が決まるのです。

 

 もちろん、持って生まれた運命というのもありますし、行動したからといっていつでも望むような結果が出るわけではありません。しかし、運命を自分の力で変えていくことは可能です。

 

 表面的に見れば、人間は生まれながらにして不平等です。お金持ちの家庭に生まれれば衣食住に不便することもなく、大学にも行かせてもらえ、留学だってしようと思えばできるでしょう。逆にお金に余裕のない家庭に生まれれば、衣食住で不便することだってあるでしょうし、教育だってお金がかかりますから、大学に行きたくても行けないといった状況も出てくるでしょう。

 

 このように、人間は生まれながらにして(社会的な)スタート地点は違うのですが、幸福な人生を過ごせるか否かは、生まれた家の環境や裕福かどうかよりも、自分自身の性格を正しく把握できるかどうかにかかっています。

 

 自分の性格の欠点を素直に受け止めて改善していくことができなければ、家が裕福でも、家庭環境がいくらよくても、欠点に気づけないまま人生を過ごしてしまうことになります。

 

 だからこその人生、自らの手で切り開いていかないといけないと思いますし、自らの手で切り開いていけるのです。

 

 ただし、気をつけなければいけないことがあります。人間というのは楽なほう楽なほうに進んでしまう生き物ですから、どこかひとつ自分の欠点を直すことができるとそこで満足してしまって、まだまだある欠点を直す努力を怠ってしまうのです。

 

 いくら運勢が上向きになったとしても、まだまだ残っているカルマを直していかなければ、家の中にずっといてテレビを観ているだけでは何も起こらないように、行動を起こして努力しなければよい運勢は続きません。

 

 運命を変えるチャンスは、失敗したときにこそ訪れます。「自分は間違っていない! 絶対!」という、そこにこそ運命を変えるヒントが隠れているのですが、動かし難い鉄の扉のごとく、目の前に現れ、気づくことを邪魔します。しかし一見、鉄の扉に思えるそれは、気づきという鍵によって開けることができるのです。

 

 自己責任の世界は、一見するとものすごく厳しい世界だと思ってしまいがちですが、何度も気づきを得ている方々に聞いてみると、決して厳しい世界ではありません。よくない行動をしたから悪い結果になった。よい行動をしたから、よい結果になった。法則だけを見るとすごくシンプルなのですが、人間には感情があるために「今日は気分が乗らない……」「来週からやろう」などなど、そのときの感情に左右されてしまって、思うようにできないことがあります。そんなとき人は、誰かに責任転嫁してみたり、ただ嘆くばかりだったり、諦めてしまったりしてしまいます。しかし、これは因果の法則が厳しいわけではなく、自分自身の心の問題なのです。

 

 その心の問題は何かといえば、我欲から生まれる感情です。“人からよく見られたい” “人よりお金持ちになりたい” ……etc。欲望に基づく判断から出る言動というのは、相手より “自分” を優先してしまうので、基本的に自分のことばかり考えてしまいます。また、心が我欲に支配されてしまうと、自分のことすら冷静に判断することができなくなり、自分に欠点があるとか、愚かな行動をしているとか、そういったことを考えられなくなってしまいます。

 

 そのように自分のことばかり考えている人といたいと思いますか? 生きている限り私たちは人と接していかなければいけませんし、それが人間の社会というものです。そうであるならば、人間関係というのは最も気を配らなければいけない部分だと思います。

 

 人間が抱える問題の根源は何かといえば、私は人間関係だと思っています。たとえば仕事に関する悩みを考えてみますと、仕事がないとか、不景気だとか、社会システムのせいだとか、ブラック企業に勤めているとか、そういったことを考えるのではないでしょうか。

 

 しかし、突き詰めて考えていけば、こうした問題も人間関係に置き換えられると思うのです。よい人間関係をたくさんの人と築くことができていれば、そういった方から仕事は回ってくるはずです。すばらしい人格者であれば、周りが助けてあげようと思います。また、もっと突き詰めた精神の話をすれば、自分を支えてくれるすばらしい人たちが周りにいれば、幸せを実感できる精神状態になることだってできますし、現にそういう方は多くいらっしゃるでしょう。

 

 そんな人間関係を築いていくには、相手の立場になって物事を考え、行動することです。見返りを求めることなく、喜んで相手に与える。簡単に言えばそういうことです。ただし、もちろん生きていかなければいけないわけですから、聖者のように自分の物をすべて与えなければいけない、というわけではありません。

 

 できる範囲で欲や執着を減らし、思いやりと理解を持って人と接すれば、自ずとよい流れが生まれます。かいつまんで言えば、ギブ・アンド・テイクの精神に似ているかもしれません。

 

 人の世は、どんなに時代が変わろうとギブ・アンド・テイクの精神を忘れてはいけないと思います。物が不足している人がいるなら物を差し上げ、力が不足しているなら力を貸していただくなど、それぞれの人間が、またそれぞれの人間の不足を埋め合ってあげる。そんな生き方が大切なのではないでしょうか。

 

 自分ばかり損をしてると思ったり、自分さえよければいいと思ったりするのは、まだまだ精神が未熟だからです。その未熟さに気がつかずに、自分は絶対に正しいと思っていては、裸の王様と同じです。

 

 自己責任の世界でよい結果を出すには、他人の言動を自らの言動のように重ねてみて、反省すべきところは反省すること。自分の言動ひとつひとつに集中し、責任を持つことだと思います。

 

 自分の周りで悲しみ、苦しむ人たちの姿が、未来の自分の姿であると心を自重し、生きていかなければいけないのではないでしょうか。

 

 

 

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