青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

家庭での教育の大切さ

 『学校は勉強だけをするところではない』でお話したように、学校とは「社会」という人間関係が大切になる環境ですから、個人の人間性が問われ、ある意味試される場です。

 

 その人間性はどこで形成されるかというと、「家庭」です。つまり、親の教育です。親が子育てに関する知識をしっかりと身につけ、子どもに教育していくことで、子どももまた必要な知識を学んでいくことができます。

 

 にもかかわらず、学校の先生に本来は家庭で行うべき基本的な教育までをも委ね、何かあるとすべて学校教育、先生の指導の問題にしてしまう傾向にあるようです。これは大きな問題なのではないでしょうか。人間性の根本的な部分は幼児教育で形成されます。

 

 子どもが何か問題を起こし、親が学校に呼ばれたとします。すると、

 

先生「A君がBさんを叩きましてね」

 

親「何いってるんですか? うちのAがそんなことをする訳ないじゃないですか! 相手の子に問題があったんじゃないんですか!」

 

先生「いや、A君とBさんの両方から話を聞いたのですが……」

 

親「なんですか? うちのAにすべて責任があるとでもいうんですか? そもそも、先生の指導が足りないからこういったことになったんじゃないんですか?」

 

先生「いや、それは……」

 

親「ガミガミ!!! ガミガミ!!!」

 

先生「………………」

 

 と、まるで自分の子どもの非を認めようとしない方がいるのです。

 

 今のたとえでお話をしますと、もちろんBさんを叩いてしまったA君にも責任はあるのですが(責任を学ぶのが学校でもあると思います)、もっと基本的なことをいうと、家での親の教育の責任なのです。

 

 また、些細な子どものケンカ(いじめとは違います)に親が介入するということも最近は多いのですが、これもちょっと違います。いってみれば、子どもにケンカはつきものです。それなのに、過保護にそこで親が出て行くと、どうなると思いますか? 子どもの間でこういった噂はすぐに広まります。

 

「こないだのA君とBさんのケンカ、A君のお母さんがBさんの家に行って文句をいったらしいよ」

 

「うわ。そうなんだー。A君の親って面倒臭いね。A君とはあんまり関わらないほうがいいね」

 

 といったように、些細なケンカに親が介入したばっかりに子どもの間で話題となり、自分の子どもが学校で孤立してしまうといったこともあります。「まさか」と思うかもしれませんが、こういったケースは多くあります。

 

 しかも、こうした場合、当の親は自分が原因で子どもが孤立してしまっていることに気づきません。むしろ、子どもにとっていいことをしてあげた、と思っています。親からしてみれば、我が子のことを思ってしたことなので、自分は悪いことをしたという自覚がないのはしょうがないといえばしょうがないのですが、そもそも子どもの些細なケンカに親が口を挟むということ自体が間違っているのです。そこに気づくことが大切なのです。

 

 みなさんも子どものときのことを思い出してみてください。子どもというのは、「親」という存在に対して非常に敏感です。親に迷惑をかけないようにしようとは感じているのですが、まだ知識も経験も少ないために、ケンカなどといったような間違いを起こしてしまうことだってあるのです。

 

 もちろん、子どもが悩んでいるようであれば話を聞いてあげたり、一緒に解決策を導き出してあげたりするべきです。

 

 今は子ども同士の「些細なケンカ」を例に出してお話をしましたが、教育の基本はまずは「家庭」です。幼児だから話しても分からないと思って、頭ごなしに「ダメでしょ!」といったような「狂育」ではなく、きちんと話して教える「教え諭す」教育が必要です。

 

 家庭での親の教育が、小中高大、そして子どもが大人になっても影響します。家庭でしっかりと教育し、学校に子どもを送り出す。ここをしっかりとわきまえないと、モンスターペアレンツと化してしまうのです。

 

 親が自己中心的でプライドが高く、自分の子育てに間違いはない、正しいと思い込んでいるような人間だと、教師としてはあとのこと(親が抗議にやってくることなど)を考えると、注意をすることすら躊躇してしまうようになります。

 

 何か問題にされると、どこか違う学校に転任させられたり、不利な立場に追いやられたりすることもあるからです。昔の学校の先生は本当に厳しかったものです。でも、怒るときはビシッと怒られましたが、普段は一緒に遊んだり、時には先生の家に遊びに行くこともありました。

 

 それが、今では注意をしただけで親が学校に抗議に来ることもあると聞きます。親の至らなさが子どもの将来を潰してしまっているのです。1にも2にも、気づくべきは家庭での教育の大切さなのです。

 

 こういった「気づけない親の言動」もひとつの原因となり、学校教育の現場では「当たらず障らず」の教育になってしまうこともあるのではないでしょうか。

 

 教師は自分が受け持つ生徒のことはもちろん大切に思っていますから、将来のことを考えて注意をするのです。

 

 ただし、注意をするにも相手はまだ子どもですから、子どもでも分かるような言葉で、教えなければいけません。そうでないと、子どもにはただ叱られたという思いが残るだけで、心の成長は期待できません。これは、親が子どもを教育するときと同じです。

 

 親と学校の関係が円滑に行われないことで誰がいちばん悪影響を受けるかといえば、それは大切な我が子です。子どもというのは社会の宝なのですから、家庭、地域、学校が一丸となって育てていかなければならないのではないでしょうか。家庭だけの教育、学校だけの教育で育てていくのではありません。

 

 親御さんは、こうした教師の立場、気持ちを理解してあげることが大切です。家庭での教育、学校での教育の双方がうまくいけば、必ず立派な人間に育つのです。

 

 

 

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