青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

気づけない理由

 自分の問題の気づくことができない人に共通しているのは、わがまま、自己中心的な考えです。

 

「自分だけが不幸だ」「自分は正しい、悪いのは相手だ」といった被害者意識。

 

 それも理解力や判断力が乏しいからで、ようするに知識不足です。

 

 妻が夫をどなるのも、夫が妻をどなるのも、知識不足。自分だけは正しくて相手が間違っている、という自己中心的な考え、知識不足です。

 

 正しい理解力や判断力がないために自分の間違いや欠点に気づかない、だから、自分を省みることなく一方的に相手を非難したり、責めるのです。

 

 また、妻の嘘によって夫の親類縁者と疎遠になるケースもよく見られます。

 

 あるいは、母親が子どもに嘘を伝え、その結果、叔父・叔母が姪や甥たちと疎遠にさせられる場合もあり、そこに夫たる人間の理解不足が加わって、本来助けあえる大切な関係を壊して幸せを失ってしまう。そんな愚かさに気づけないでいる人たちとも多く出会います。

 

 つい最近もこんな相談がありました。

 

 農家の男性と結婚した女性、Tさんからの相談です。

 

 夫の両親は農家で、自分も農家を手伝わされる。けれど、「自分は夫の両親と結婚したのではないし、農業は汚いので手伝いたくない」とTさんはいいます。

 

Tさんのお祖父さんも農家をやっていて、お父さんの代になってやめたそうですが、Tさんは農業について理解しようともせず、頭からバカにしているようすでした。

 

 これもとんでもない話で、知識不足です。

 

 農業が嫌なら、初めから農家に嫁がなければいい話です。

 

 また、Tさんは農業に対しても偏見があります。

 

 大地の中で汗を流して働くことの大切さ。お米や野菜、農作物を育てるその努力やご苦労、それが実った感動というすばらしさが農業という仕事にはあります。

 

 自分の結婚した相手の両親への気持ちも考えてやれず、まるで自分のお父さんのように大学を出てサラリーマンとして働いている人の方が優れているかのように思い込んでいるTさん。

 

 自分が良かれと思い結婚を決断していながら、結果として自分の感情論を夫にぶつける日々、なぜそこで知識を得ようとしないのでしょうか?

 

 プライドです。プライドがじゃまをして学ぶことをしないのです。

 

 知識とは、勉強です、学びです。何でも進んで学び勉強することで、知識がどんどん豊かになる。いうなれば、見えない心の財産になるのです。

 

 そこには、涙あり、笑いあり、時にはいい争いや失敗もあるでしょう。どんなことでも、自分自身の学びとしてとらえれば、その体験が心の財産になって、気づきを生むのです。それが我が子まで幸せにしてやれるならば、なんとすばらしいことではないでしょうか。

 

 学ぼうとしなければ、いつまで経っても偏った狭い知識しかないために独りよがりな考えに陥って、ものごとの理解や正しい判断ができにくくなります。

 

 反対に、学ぶことの繰り返しにより、豊かな知識と正しい理解力や判断力が身についていきます。

 

 それにより、自分の欠点、至らなさにも気づき、まるでその家の伝統のごとく、意識しないままにも、すばらしい家系がつくられていくのではないでしょうか。

 

 このように、今は寝ぼけているスピリットであっても、何でも学び、豊かな知識を得ることによってカルマに気づき、目覚めることもできるのです。

 

 

 

 

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