青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

カルマの法則について

 私がこれまで折に触れて皆さまにお伝えしてきた、カルマの法則についてもう一度お話ししておきたいと思います。

 

 このブログを初めて読まれる方にとっては、新たな知識として、また何度か読まれている方々にとっては、再確認の意味で、改めて心に留めておいていただければ幸いです。

 

 ●「スピリット」とは?

 

 心、精神、魂のことを、まとめてスピリットと表現しています。

 

 私たちは、肉体を持ってこの世に生きている間は、心や精神状態が性格や人柄、人格として現れますが、その人がこの世で成したすべての行いは、その人の性格の長所・短所と共に神の世界に刻まれて、死後肉体を離れてからも霊体(魂)として存続します。

 

 つまり、命が終わってからも、生前の行いによって培われた個人の性質はスピリットとして存在し、あの世に戻った後、再び新たな肉体に宿って、この世に生まれ変わるのです。

 

 この、魂(スピリット)が時代を超えて生まれ変わることを「輪廻転生」といいます。

 

 そこで、なぜ、人は生まれ変わるのか?

 

 それは、スピリットの汚れをきれいにして、さらに磨いていくためです。

 

 つまり、誰もがカルマゆえの、磨かなくてはいけない課題があるということです。

 

 そして、スピリットの汚れ、美しさは、カルマとして魂に刻まれ、生まれ変わるときに次の世、すなわち、来世へと引きつがれていくのです。

 

 この世において、人を陥れたり、自分の欠点や不足という課題に気づかずに、それを直すことができなければ、スピリットは汚れます。

 

 反対に、欠点に気づいてそれを直し、人を許して受け入れられるようになれば、スピリットは磨かれていきます。

 

 スピリットは、主に2つのタイプに分かれます。一つは、すでに覚醒していて、自分の欠点に気づいて直すことができる状態、あるいは、気づける状態にある半覚醒のスピリットです。

 

 もう一方のスピリットは、周囲がどんなに根気強く働きかけても自分の考えやプライド、見栄などに固執して気づこうとしない、気づけない、いわば熟睡しているようなスピリットです。

 

 とはいえ、熟睡しているスピリットであっても、自らがその状態を脱したいと強く思い、知識・常識を得ながら、一つ一つ行動に移していくことで目覚めることができるのです。

 

 要は、知識・常識不足があることによって、自らの欠点を欠点として認めることができない、気づけないでいるのです。

 

 欠点や不足は人によって違いはあっても、スピリットを磨いていくことが、私たちがこの世に生まれてきた目的であることには違いなく、その意味においては、どんなにすばらしい能力を持っている人であっても例外や区別はなく、誰もが平等です。

 

 

 ●「カルマ」とは?

 

 その人が成したすべての行いを、カルマ(業)といいます。

 

 カルマには、良(善)いカルマと悪いカルマがあり、前世(過去の人生)における良い行いも悪い行いもすべて現世(今の人生)に引きつがれ、現世のカルマはまた来世(次の人生)へと引きつがれていきます。

 

 そして、そのカルマから生まれるのが、予め定められた「運命」です。

 

 良いカルマを活かし、悪いカルマ(罪)を解消することで、スピリットの汚れをきれいにするための人生の決めごとが運命であり、それは避けがたい艱難辛苦として、あるいは過去世でやり残した心の宿題、カルマの清算として、その人の人生の中に立ち現れます。

 

 その意味で、前世のカルマによって決められた運命や、生きていくうえでの苦しみは、悪いカルマを解消するための「魂の研磨剤」ともいえます。

 

 

 ●「気づき」とは?

 

 悪いカルマは、自らの欠点や不足に気づいて、それを改めることによって解消できます。

 

 気づきとは、欠点に気づいて、改めること。それが、自らの魂を磨き、清めることにつながります。

 

 ほとんどの人が前世(過去世)の記憶を持ちませんが、それにも意味があります。

 

 現世においてさまざまな問題や困難な状況に見舞われたり、トラブルを引き起こしてしまう、まさにその中にこそ悪いカルマの種が潜んでいるので、この世の人生の中で、その欠点、不足にいかに自分で気づけるか、が重要だからです。

 

 その意味で、この世はスピリットを磨くための「修行の場」「修行の期間」といえます。

 

 誰もが、苦しんだり、悲しんだり、ほとほと困り果てる……といった困難な体験や人生の壁に当たることによって、自分のどこに欠点があるのか、何が不足しているのか、この壁を乗り越えるためには何を身につけなくてはならないか、といった自分の見方、考え方の誤りや至らない点に気づく好機となるからです。

 

 人は、気づくことによって、その瞬間から人生が変わり始めます。

 

 新たな知識・常識を得て、それまで気づけなかったことに気づくことができれば、心から反省し、それ以降は改めようとするからです。そうなれば、スピリットから汚れが取れて、その輝きを増していくのです。

 

 ですから、どんな状況であっても、あるいは何歳であっても、気づくのに手遅れということは決してありません。

 

 

 ●「知識・常識」とは?

 

 ところが、気づかなくてはいけないことになかなか気づくことができないところに、カルマの難しさがあります。

 

 その意味で、カルマは影のようでもあります。その見つけづらい、気づきづらいカルマである自分の欠点や不足に気づくためには、ものごとを正しく理解し、判断し、覚えていくことが大切で、それらを促してくれるものが、あらゆる知識や常識です。

 

 知識・常識が、自分の欠点や至らなさに気づくための「心のモノサシ」になるということです。

 

 ひと口に知識といっても、数限りない知識があります。より多くの幅広い知識を得ることによって、ものごとの理解力が深まり、それによって判断力も磨かれていきます。

 

 最低限必要な常識は、人としてしていいことと、してはいけいなことがあること、悪いと思ったらちゃんと謝ること、人を陥れたり騙したりしてはいけないこと、してもらったことに素直に感謝することなどです。

 

 当たり前のことのように思われるかもしれませんが、意外にこのことが実行できていない人が多いのです。

 

 いろんな分野の書物を呼んだり、人生の先輩や恩師、友人、仲間などに意見を聞いたり教えてもらったり、あるいは「アレッ!?」と首をかしげるような人であっても反面教師としたり、テレビやインターネットの情報をいろいろと見比べてみるなど、どんなことからでも知識・常識は得られます。

 

 そのように、より豊富な知識・常識を身につけることで、ものごとの理解力や判断力が高まって、それまで自分が当たり前と思っていたことが違っていたことに気づけたり、自分の苦しみは、なぜ、どうして起きているのか、何が間違っていたのか、どのように対処したらよいのか、などの正しい理解や判断ができるようになるでしょう。

 

 人生のいろんな場面でそのような経験を重ねていくことが、スピリットの成長につながるのです。

 

 知識・常識は、幸せへと向かう人生の困難な道のりを、前向きにしっかりと歩いていくための丈夫な杖となってくれます。

 

 そのためには、おごらず、高ぶらず、あらゆることから謙虚に学ぶ姿勢を忘れないこと。一歩一歩山を登っていくがごとく、少しずつ知識・常識を身につけていけばよいのです。

 

 

 ●「カルマを共有する人たち」

 

 知識・常識は、身近な人たちからも学ぶことができます。

 

 両親や兄弟姉妹、夫婦、子や孫、親戚、友達、恋人、恩師、会社の上司や同僚、趣味の仲間など、特に身近な人たちは、同じカルマを持った魂の修行仲間だからです。

 

 なかでも、家族というものは、「カルマの共有者」と考える方が、より理解しやすいのではないでしょうか?

 

 人生のスタート時点から、何かしら、ある面、ある時点で運命の似た時期(特に幼児期から成長期など)があり、それゆえ「運命共同体」ともいえます。

 

 ですが、そのような身近な存在であればあるほど、自分のカルマに気づきにくいという “落とし穴” が潜んでいるのもまた事実です。

 

 特に縁が深い親との関係は、気づきにくいカルマを持っている場合がほとんどです。

 

 なぜなら、私たちは、自分の持って生まれたスピリットの欠点を直すために、「直せない・気づけない親」を求めてそこに生まれてくるからです。

 

 相談に来られる方々も、「心のあり方について教えてもらえない親」のもとで生まれ育った方が大変多く、それゆえ精神バランスを崩したり、また自分の子供に対しても心について教え諭すことができないがために、お子さんが引きこもったり、いじめにあったり、自殺に追い込まれたり、親に暴力をふるう、あるいは、大人になってから対人関係で大きなトラブルを起こすなど、さまざまな問題を引き起こす原因となっています。

 

 たとえば、いくら経済的に恵まれていたとしても、心を教えられない親、人を嘲笑ったり、見下すような親であるならば、その子供は人生において何が大切なのかがわからないまま育ち、他の人とコミュニケーションがうまくできずに孤立するか、心の問題で苦しむことになるのです。

 

 そのように、気づけない、心を教えられない親もとに生まれて苦労を強いられるのは、自分の蒔いた種(=カルマ)は、自分が刈り取る(=気づいて直す)しかないからです。

 

 要は、その親自身も自分の欠点に気づいておらず、「良かれ」と思ってやっているのです。

 

 親もまた、カルマの縁によって、同じような欠点を持つ親を選んできているのです。

 

 そこで、スピリットを成長させるうえで大事なことは、子供である自分自身が、悪いカルマ、すなわち欠点に気づいて直すことでその連鎖を断ち切れるかどうか、です。

 

 自分の思うようにならない、うまくいかない原因を、親や社会のせいにするのではなく、反面教師としながら新たな知識・常識を得て、自らの至らなさに気づけるかどうか、です。

 

 相談者の多くが、「若い頃はあんなに嫌だった親に似てきて……」という話をされます。

 

 何気ない立ち居振る舞いやちょっとしたクセ、人とのコミュニケーションの取り方や興味の対象など、実に子供は親に似てくるものです。

 

 問題なのは、あんなに嫌っていたはずの親の性格の欠点までもが似てしまっていることで、それは、成長する過程において、親を反面教師として学んでこなかったということです。

 

 どんな親にも、長所、短所それぞれにありますが、先ほど述べたように、親子は同じようなカルマを持っていて、しかも距離が近いこともあって、気づかなくてはいけない自分の欠点や不足に気づきにくいのです。

 

 このように、輪廻転生をするスピリットは、カルマの法則によって、自らの気づきと成長のために、同じような欠点を持った親のお腹に宿ります。

 

 ということは、親は反面教師としての役割を担っているわけなので、いくら子供が親の欠点を嫌ったり、反発してみても、決して自分自身の心の成長にはつながらないのです。

 

 親の欠点は、まさに自分が気づいていない自らの心の汚れ。そこに気づいて、直していくことが、カルマの解消につながるのです。

 

 

 

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