青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

日本の宗教のありかたについて

 「見えない世界」の知識として、日本の宗教のありかたについて私の考えを述べてみたいと思います。

 

 これは、特に宗教家やいわゆる「精神世界」と呼ばれる見えない世界に関わる人に知っていただきたい知識ですが、宗教についてあまり関心のないかたにとっても、神の御心を知るうえでとても大切なことなので、ぜひその真意をおくみ取りいただければと思います。

 

 とはいえ、私は神の言葉を伝える立場の人間なので、日本の宗教のおおまかな歴史については、私なりに調べた上での考えであることをご承知いただきたく存じます。

 

 さて、日本においては、古くは自然信仰、山岳信仰などの時代があり、6世紀頃になって中国から仏教が伝えられてきたことは皆様も歴史の教科書などで習われたことと思います。

 

 その後、仏教と神道が混然一体となった「神仏混合」の時代を経て、やがて明治時代になると国家神道として天皇崇拝と神社崇敬が義務化されました。

 

 その結果、初詣や厄除、七五三や地鎮祭などの神道の行事が一般の人々の間に広がっていきました。

 

 ところがその一方で、国家神道とは別に、「教派神道」という形で庶民の間でさまざまな宗教活動が行われてきたようです。

 

 教派神道とは、山岳信仰の講を再編成した各教団や、一人の教祖によって提唱された宗教を含む13教で、そこにたくさんの民間宗教が所属し、付属教会として活動していたのです。

 

 宗教学者によると、これらは「新宗教」とも呼ばれ、幕末から明治初期までを第一次宗教ブーム、そして、第二次大戦前後に新たな宗教団体が活動を始めた時期を第二次宗教ブームと呼ぶそうです。

 

 第一次宗教ブームのときには、国家神道に反する教えや終末予言などを掲げた教団が勢力を増して、時の政府から大規模な取締りを受けたこともあったようです。

 

 明治時代につくられた国家神道は、かなり政治的な色合いが強かったとも考えられます。

 

 それに対して、新宗教と呼ばれる教団は、ある程度の教養を持った人物や、荒行をし、何がしかに長けた行者が「長」となり、「貧」「病」「争」という悩みを抱えた、知識も浅く、読み書きも不十分な当時の一般庶民に、現世利益という救いの手を差しのべる形で広がっていったのでしょう。

 

 戦後の新興宗教を含めて、すべてではないと思いますが、その一部の中には、こうしら不安定な時代に発生した新宗教の教祖となる人物がいわゆる神がかり状態で超常的な現象を起こしたり、独自の感情論的な教えを説くことによって信者を増やしながら教団組織を拡大していったところもありました。

 

 わかりやすくいうと、行をして利益にだけつながる不思議な現象を見せて人々をアッと驚かせて注目を集め、お金儲けや病気治しなどの現世利益を与えながら、口コミで勢力を拡大していくというやりかたです。

 

 しかし、今の時代になり、テレビやその他のメディアのおかげで、知識を得た人々がその行動に疑問を持ち始めることができたことは、当然といえば当然ですが、一昔前と違って、私達が知識を得ることができた結果だと思います。

 

 さて、「見えない世界」から見ると、ここに大きな問題があります。

 

 一番大きな問題は、その神がかりになったとされる人物が、果たしてどれだけ本当に実力があったのか? ということです。

 

 つまり、それに関わる人々がこの「落とし穴」に気づいているか否かです。

 

 本当に、透視(霊視)ができたり、人を癒す力があったのか?

 

 それは、神から授かった本物の能力だったのか?

 

 神々はご利益を授けることによって、人々を救うことができる人材であるか否かを、人間が会議で物事を決定するがごとくに厳しく判断します。

 

 神がかりになったとされる人物の能力が不足していて、しかも、人々がそれを正しく判断できない場合、言葉のみに振り回され、誤った道に進むことになります。

 

 ここで、あえてこの問題をとりあげたのは、今もなおこの落とし穴に気づいていない人達があまりにも多いからです。

 

 いいかえれば、そのような不明瞭な能力は、「神から直接与えられたご利益とは違う」という意味を深く理解しなければいけない時代に入ったということです。

 

 時代を遡ると、新宗教がもてはやされるまでは、主に山岳信仰や仏教系の行者が透視や人を癒す役目を担っていました。

 

 ところが、その方々もさることながら、新宗教を興した教祖達もまた同じように、その誰もが神仏から与えられた高い能力を備えていたとは限りません。おそらく、能力においても人格においても玉石混淆だったと思われます。

 

 その証拠に、霊能力者といっても、教会を持つ人の中には、透視能力がないため、他のことで自分の力を誇示するしかなく、腰紐を解いてポイと人前に投げてヘビに変えて見せたり、懐から取り出し、ポンと投げた紙くずをネズミの姿に見せて驚かせたりする行者も実際にいました。

 

 かといって、これが人々の何の役に立つのでしょうか? 単なる自分の能力を誇示するだけで、それを見た人は、「感嘆の声」をあげて絶賛するものの、自分を救う能力があるか否かまで考えていない……それが落とし穴となります。

 

 また、「自分は人の命まで自由に取れる!」と愚かな言葉で自分の力を力説する者までいます。その言葉を聞き、「すごい力だ!」と思うのは、その人自身の知識不足によります。

 

 そのような力は人を驚かせることはできても、スピリットの向上には何の役にも立ちません。きついいい方をすれば、単なる自慢であり、神の部下にはなれませんし、神は使いません。

 

 神からの本当のご利益を得られないために、そのような行動をとり、人集めをすることは、一つの事業であり、宗教家として見るならばそれは大きな罪となります。

 

 しかし、多くの人がそのような行いをしてしまうがために、「透視能力者(神からご利益を授かる)の二代目がない」といわれるようです。

 

 そのような我欲に任せた心で行動していると、魔の力、すなわち低級霊に憑かれやすくなるので、大変危険です。

 

 神か、決してそのような者に力(神のご利益)を授けることはありません。

 

 では、そもそもなぜそのような透視能力のない人物が宗教家や霊能者を名乗ったり、永い間教団のトップとしてやってこられたのでしょうか?

 

 これは私の推測ですが、明治以降、社会が大きく変わっていく中で「宗教」を生業として生きてきた人達がいたということです。

 

 つまり、ビジネスとしての宗教が乱立し、それを本物と偽物が判別できない、時の政府が容認してしまったのではないかと思います。

 

 かつて、仏教が全盛の時代には、お坊さん達は貧しいながらも何とか食べていくことができていました。

 

 しかし、明治になってから廃仏毀釈運動が起きて、一部の食べられなくなった山伏や僧侶達が新たに一派を興して、自分達の生き残りをはかったのではないかと考えられます。

 

 そのような人達は、加持祈祷やお祓いなどの行を施すことによって、自分の生活を潤し、人を惹きつけるための言葉を巧みに使い、現世利益をもたらしてくれるありがたい霊能者として庶民の信仰心を集めたのでしょう。

 

 程度の低い霊が働きかけても、物欲や願かけが叶ったり、一時的に病気がよくなることもあるからです。とはいえ、心ができていなければすぐに元の木阿弥になるのがオチです。

 

 「人を惹きつけるための言葉を巧みに使い」とは、失礼ながら、あたかも戦後数年間の「物を販売するセールスマンは口が上手」と、怪訝な顔で見られて嫌われたのと同じであり、今はもうそれは時代遅れと悟る必要があるのです。

 

 

 

「運命が丸裸になる」と、

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