青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

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人はなぜ噂をしてしまうのか?

人は噂が好きなものです。〝人の悪口は蜜の味〟といわれるように、噂については事の真相を確かめることなく、他人事として興味を持つのが、一般的な人間関係の姿です。昔から、井戸端会議なんていう言葉があるくらい、私たちの日常のすぐ近くにも、噂はたくさん流れているものです。

 

でも、みなさんもご存知の通り、噂になっていることすべてが真実なわけではありません。とんでもないデタラメが大手を振って巷に流れていた、そんな話を見聞きした経験は誰にでもあるものでしょう。

 

私はこれまでの長い間、たくさんの相談を受けてきました。その中で、噂の怖さとはこの部分にあるのだと考えるようになりました。

 

出所不明、真偽不明の話がまことしやかのように広まり、それがただの噂であることを誰もが頭で理解していても、自分とは関係のない他人事として捉えられているために、なんとなく信じてしまう。そんな怖さとでもいうのでしょうか。

 

そもそも、人はなぜ噂をしてしまうものなのでしょう。最近の研究では、それは人間の持つ生存本能レベルでの行動だと言います。人間社会のように高度に複雑化した関係においては、「噂話がコミュニケーションを円滑にし、その集団のなかで自分を守っていく手段となる」とさえいわれています。なにやら、理解しがたい中にも、頷ける部分がありますね。

 

端的に言ってしまえば、私たち人間のコミュニケーションの中では、それほど共通の話題が少ないため、人の噂話以上に会話をつなぎやすいテーマがなかなかないがゆえに、噂話が会話として持ち出されやすいのだということです。

 

それに、人は集団の中で自分が知らないことがあると、劣等感を感じることがあります。そのために、噂話は良くないと頭で理解しつつも、理性を脇に追いやって、噂話を抑えることができないのです。覗き見主義的な行動ではありますが、人間の持つ本来の行動なのかもしれません。

 

さらに、アメリカのある大学の報告では、人が噂話をしているときに脳内からドーパミンに似た物質が出されているため、噂話が収まりにくいのだと実証されました。ドーパミンは脳内麻薬と呼ばれるとおり、人の精神を恍惚状態にさせ、ストレスや不安を軽減させる物質です。このドーパミンと似た働きをする物質、プロゲステロンが噂話をすることによって出されるため、人は噂話をしていると心地よさを感じてしまうと指摘されています。

 

また、人が噂話を積極的に行ってしまう原因のひとつに、他人の話をすることによって自分の存在を確認しているという側面があるといえます。つまり、人の噂話をすることによって自分がどういう存在なのかを相手に伝え、さらにお互いの結束を強めていっているのではないでしょうか。

 

これを説明する前に、まずはどのようなタイプの噂があるのか、それを確認してみましょう。

 

 ①単純に会話の接ぎ穂として話す噂

 ②人を貶めようという、明らかな悪意を伴う噂

 ③人の欠点を指摘し、相手を悪者として自分を守ろうとする噂

 

この中で最も選択されているのは、①の単純な話題として使われる噂です。

 

例えば、「○○さんのお宅の息子さん、××大学に合格したらしいわよ」といったような、世間話のようなものです。②については、これは単純に悪口です。このような話をする人は、常識ある人々から嫌われ、敬遠されていくものです。悪意に満ちており、人間の持つ悲しい性の一つでもあります。

 

問題は、最後の③のタイプの噂です。誰か別の人の過ちを指摘して、自分を安心させる噂。例えば、人が何かしらのミスをしてしまったときに、それを非難することによって、自分の正当性を主張するプライド。このプライドと③のタイプの噂は、まさに同じ構造であるといえるのではないでしょうか。事実、この手の噂話を率先して行う人は、自己評価の低い人に多いものです。

 

さらに、自分に自信がないがゆえに、人を貶めることによって自分の立ち位置を保持しようとするやり方は、周囲の人々と自分の考えが同一のものであるかを確認したいという欲求が隠されています。つまり、噂話をすることによって、自分がその集団に属しているのかどうかを確認しようとする深層心理が働いているのです。

 

このタイプは、噂話とは集団の中で生き残るためのひとつの手段であり、本人が悪いことであると思っていない点に、本質的な怖さがあります。こういった人にとっては、噂は社会の中で上手く立ち回り、生存していくための自衛的な手段で、悪いとは自覚しておりませんから、慎重さに欠けるのは当然のことです。さらに、最終的に人を傷つけてしまったとしても、それが自分の行動のせいであると気がつくことができないのです。

 

以前、相談においでになった方の中に、知らず知らずのうちに人の過ちを指摘する噂をしてしまったばかりに、大変な目にあってしまった方がいらっしゃいました。ご夫婦で床屋を営むQさんは、小さなお店ではありましたが、よく冗談を言うご主人と、気だての良い奥さんが二人三脚で切り盛りしていて、近所の人々が集まる憩いの場であったそうです。

 

ある日のことです。商店街の定期的な構内清掃があったため、早めにお店に向かい、側溝のドブさらいを先に済ませておいたと言います。どこのお店でも構内清掃の始まる前に、自分の店の側溝の掃除を済ませておくのが慣習なのですが、隣のお店の方がまだいらしていなかったようで、Qさんは隣のお店のドブさらいをしておいてあげたそうです。

 

長いつき合いで、気心の知れた商店街の仲間同士のことですから、特に珍しいことではありません。非常に小さな街でもありましたので、人と人の繋がりが強く、忙しくて手が回らないときですとか、年配者しかいない家があれば、近所の人たちがお互いに助け合うことは日常茶飯事だと言います。Qさんとしても、特別なことをしたつもりはなく、当然の行いをされたのだと思います。

 

もちろん、そのようなときはお礼をしたり、次の機会にお返しをしたりするものです。お隣の方も次の構内清掃のときには、Qさんのお店の前をきれいにするつもりだったはずです。

 

ただ、偶然、Qさん夫婦が手助けをすることが続いてしまったのでしょう。普通であればさほど気にすることでもないのでしょうが、ご主人が営業中にぽろっと、「お隣さんは構内清掃を手伝ってくれませんからね。いっつもウチがやってますよ」と冗談交じりに漏らしてしまったのです。

 

一瞬、白けた空気が流れたものの、みな大人です。何事もなかったかのようにその場は過ぎましたが、いつの間にか「あそこの親父さんは器が小さい」というような評判になってしまい、次第に客足が遠のいていってしまったそうです。

 

噂とは怖いものです。ご主人は悪気があってお隣さんの噂話をしたわけではありません。ただ、笑い混じりにちょっと人のことを落として、自分の株を上げようとしてしまったわけです。しかし、お客さんはそれを見抜き、いい気分がしなかったのでしょう。さらに、今度は自分のお店のことが悪い噂となって広まってしまい、客足が遠のく結果となってしまったのです。

 

このように、噂というものは思いもよらない結果を導いてしまうことがあります。ご主人としては、自分が悪いことをしたという自覚はないのでしょうが、不用意に人のことを批判したばかりに、かえって自分の評判を下げることになってしまったのです。人のことを噂(批判)する人は、人に噂(批判)されます。

 

また、不用意な発言をしたのはご主人ですが、奥さんにもその責任の一端はあるように思います。男性は女性に比べて、噂というものの怖さに無頓着です。これは生物の成り立ち上、仕方のないことです。古来より、男性は外に狩りに出てゆき、物理的な力で物事を解決していきました。一方、女性は家を守るため、集団により密接に関わりますので、その中ではじき出されないためにも情報戦の如く井戸端会議を行い、噂というものに慣れていくのです。ですから、Q夫妻のこの場合は、奥さんがフォローするなり、ご主人を嗜めるなりをして、その場を収拾すべきだったのです。

 

また、人の渦のなかで生活する私たち人間は、いくら自分が噂話をしなかったとしても、人に噂されてしまうことがあります。以前、相談にいらっしゃったMさん(30代・女性)にも、いわれのない噂を流され、友人と仲違いした経験があると言います。

 

彼女には古い友人(以下、Rさん)がいるのですが、突然、つれない態度といいますか、よそよそしくなってしまったことがあったそうです。Mさんは、自分が何か嫌がることをしてしまったのではないかと考えてみたのですが、どうしても身に覚えがありませんでした。しかし、思案しているうちに、ある人物のことを思い出したと言います。

 

その人物(S)は彼女たちの共通の友人であったのですが、Mさんのご自宅に友人たちが集まることを心良く思っていない節が以前からあったそうです。どうも、Sさんが自分の周囲に、何か良からぬことを伝えたのではないか。Mさんは考えれば考えるほど、それが原因なのではと考えるようになりました。そこでMさんはほかの友人にも確認し、Sさんが噂の発信源であることを突き止め、彼女に直接話をすることにしました。もちろん、直接的に問いつめるようなことはせず、Mさんは彼女にこう聞いたそうです。

 

「誰かが私のあらぬ噂を流しているって聞いて……。おかげでRさんともうまくいかなくなってしまったし、Sさん、何か聞いたことないかしら? 」

 

するとSさんは少し慌てた様子で、

 

「全然、聞いたことない。私がRさんに聞いてあげるから、あなたは何もしないほうがいいよ」

 

と言ったそうです。実際、Mさんはこれ以上のことは何もしなかったと言いますが、その後、すぐに彼女の噂は消え、Rさんとも以前どおりの関係に戻ることができたと嬉しそうに仰っていました。その後も、特に確認などはしてないそうですが、噂の元であるSさんが火消しに走ったのであろうことは、想像に難くありません。

 

これはMさんが噂にまつわるトラブルに遭遇したときにとった対処法ですが、その効果はてきめんで、周囲との関係に気遣った非常に賢明な方法です。もちろん、ケースバイケースですから、すべてのケースで絶対解決できるというわけではありませんが、直接言うことにより、火に油を注いでしまうケースはよくあるのではないでしょうか。

 

噂は本人が気がつかぬうちに自分の周囲との関係や、これまで積み上げてきた立場を壊してしまったりします。また一方では、自分の何気ないひと言で、誰かを深く傷つけてしまうこともありますし、自分で自分の首を絞める結果を招くこともあるのです。

 

噂をしてしまうのは確かに人間の持つ生存本能なのかもしれません。しかし、たとえそれが事実であったとしても、「本能だから仕方がないのだ」と開き直ってしまって、本当に良いのでしょうか。

 

昔読んだ書物には、「盗みは罪であるが、噂や悪口はそれ以上の大罪である」と記されていました。その意味を私なりに解釈しますと、盗みも人の利益を損なう行為ではあるが、人を死に至らしめることはない。しかし、噂や悪口は時と場合によって、人を完全に破壊し尽くし、死に至らしめてしまうこともあるのだということです。

 

私たちの歩む人生とは、毎日が学びの場です。人を人たらしめるのは、良い方向へ進むために、正しい知識と常識を蓄えようとする前向きな姿勢にあるのだと思います。噂にうつつを抜かしていては、カルマを解消していくという、心の洗浄は遠いものとなります。私たち人間は、物事を深く考慮して、生きていくべきなのではないでしょうか。

 

 

 

「運命が丸裸になる」と、

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