子どもに判断力を教えるのは正しい生き方ができるようになるためですが、自我を超えた人間の本質的な生における “正しさ”というのは、社会で人間が価値を置いている事柄で判断できるとは限らないということは、親自身がよく理解しておかなければいけません。
現代社会は人間の欲を刺激し、互いに競争させることによって成り立っている経済社会です。ともすれば、何も考えずに自我に流されるままに生きていると、欲を満たすためだけに生きてしまう場合も少なくありません。自我というのは欲が大好物なのです。
欲を追い求めてもたどり着く場所はありません。欲を満たすことによって得られる幸福感はすぐに消えてなくなる無常なものですから、追い求めても追い求めても、心が満たされることはありません。一生、欲を貪り続けなければいけないため、平穏な人生とはほど遠いものとなってしまうのです。
ただもちろん、社会的な成功を否定しているわけではありません。正しい判断力があれば、人を蹴落としたり、人から奪うことによって自分の欲を満たそうとは思わなくなるので、周りと協力しながら豊かな経済活動をしていける人もいるのです。子どもがこのような大人になれば、親もまた安心して旅立つことができるのではないでしょうか。
正しい判断力(悪行を遠ざける力)をつけ、道理にかなった人生を送るためには、“因果の法則” を教える必要があります。
因果の法則というと超常現象のように思ってしまったり、または運命論のように “自分ではどうしようもない連鎖” と思ってしまったりする方がいらっしゃるのですが、この法則はそういった実態のない、つかめないものではありません。
要は、人生は自己責任であって、自分の行いが直接的に自分の未来を作っていくんだということを、わからせるということなのです。
因果の法則というと、日本では「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺があります。これは、
大風が吹くと土ぼこりが立つ
↓
土ぼこりが目に入って、失明する人が増える
↓
失明した人は仕事のために三味線を買う
↓
三味線には猫の皮を使うので、猫が捕まえられる
↓
猫が減ると天敵であるネズミが増える
↓
増えたネズミが桶をかじる
↓
桶の需要が増えて、桶屋が儲かる
といったものです。もちろん、実際にはこの通りになるわけでも、このように単純な話でもないのですが、これが意図するところは、何事にも原因が必ずあって、日頃の些細なことでも、時間が経つと大きなことになることもある、ということなのです。
自分の日々の言動が自分の未来を形作っていくということは、すべての責任は自分にあるということです。親の強い意見で自分が志望しているのとは違う大学に行ったとしても、それは自分が選んだことなのです。今の自分の状況というのは、もちろん複合的な原因が合わさってできあがっているものですが、すべて自分の “判断” によって一瞬一瞬の選択肢を選んできているのです。
自分の言動は自分にしか決められません。いくら強制されても、言われた通りにやるか、そうしないかを決められるのは自分しかいないのです。
そのような厳しい現実を生きるために、自分の人生に強い責任を持つことを教え、正しい判断力を身につけさせなければいけません。
親がどんなに子どもの人生を案じても代わりに生きてあげることはできませんが、責任感という強さを教えることで、判断力を養ってあげることはできるのです。
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