正しい理解力と判断力が養われていないことが苦しみや不幸、悲劇をつくりだしている。
欠点を指摘されてもプライドがそれをはねつける限り、それを認めることはできない。
この点を自分で克服していかなければ、トラブルや不幸から脱することはできません。
不幸は自分の心がつくりだしているもので、決して運命のシナリオだけとは限らず、気づいて直せばシナリオを新たに変えることができるのです。
運命のシナリオは、あくまで課題を与えているのであって、それにどう向き合うかは自分の心次第。自分で選択もできるし、訂正もできるがゆえに、それは自己責任でもあるのです。
トラブルや問題が起きたのは他の人のせいで、自分は被害者だという間違った捉え方を改めない限り、不幸の種は心の中に潜んでいて、その後の人生においても新たな不幸のシナリオをつくりだしてしまいます。
そこで、しっかりと不幸の種を取り除くという魂の宿題をやり遂げること。
それができなければ、いったん困難な状況から脱したつもりになっても、また同じ過ちをくり返してしまう、ということです。
例えば、ズボンの膝が破れて、そのほころびを縫ったつもりでも、それが充分でなければ、ちょっと動いただけでもまた同じ場所が破れて穴があくのと同じです。
心のほころびも同様に、そこをきちんと縫って強くしておかないと、また破けてしまいます。
きれいに直せずに、くり返し破れてしまうのはなぜか?
再び穴があかないようにするには、どのようにつくろえばいいのか?
この違いが、その人の幸・不幸の別れ道となります。
問題が生じた時に、そこでしっかりと知識を得て、心のほころびを直しておけば、不幸を免れる。
そのように、常日頃から生きた知識を身につける努力をしていれば、大きな問題が起きる前に防ぐこともできるのです。
子どもの教育問題にしても、親が正しい知識、良識を持って子育てに臨んでいるか否かで、子どもの幸・不幸に大きく影響します。
いくら子どもが多かろうが、仕事で忙しかろうが、責任を持って指導するのが親の務めです。
昔の人たちはどんなに子だくさんで、貧乏ひまなし生活を送っていても、人として絶対にやってはいけないことは、いい聞かせていたし、子どもたちもそれなりに頑張って生きていたはずです。
気づかなくてはいけないことに気づけず、正しい理解力や判断力のなさがこのような不幸を生み、悲劇をつくりだしているのです。
その意味において、さまざまな事件が起きている昨今、被害者の子どももその親も、また加害者の子どもたちもその親も、ただただ憐れというほかありません。
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