待望の子どもが生まれたのちは、初めての育児にとまどいつつも、笑った顔を見ればうれしくなり、大きな泣き声を聞けば元気な証拠と喜び、すやすやと眠る寝顔を見れば子育ての疲れも吹き飛んでしまう……といった心持ちになるのではないでしょうか。
もちろん、何人も子どもを産んでも、その思いは同じ。その都度、新鮮な喜びを与えてくれるでしょう。
ただ、最初は授乳が大変ですから、授乳しておむつを替え、沐浴させ、また、授乳して寝かせて、抱いて……といったことに追われるばかりになってしまうかもしれません。
今は共働きの人も多くなっていますので、中には、生後数ヶ月経つと昼間は託児所やおばあちゃんに赤ちゃんを預け、仕事が終わって家に帰ってから育児に励むといった生活をしている方もいらっしゃるでしょう。
いずれにせよ、子どもをこれからどのように育てていこうか、どんな子に育って欲しいかといった希望やさまざまな願いを胸に、どの親も子育てに一生懸命です。
そんな思いを受け、目を開けた、母親の声のほうに顔を向けるようになった、声を上げて笑うようになったなど、赤ちゃんの変化はめまぐるしく日一日とすくすく成長していきます。
そのスピードに驚いているうちに、あっという間に一日が終わってしまうといったことも多いでしょう。
そのため、うちの子はなんてかわいいのかしら、身体がまたひと回り大きくなったんじゃないかしら、ミルクを飲む量が増えてきた、と喜びながらも、どうしても表面的な変化のほうばかり気を取られてしまうかもしれません。
そのように、子どもの成長のスピードが思っていたよりも早いために、大事なことに気づけない場合があります。
まず、生後2〜3ヶ月ぐらいになると、赤ちゃんはいろいろなものに興味を持ち始めます。
目の前にあるものをじっと見つめたり、天井から吊るしたモビールなどの動くおもちゃを目で追うようになったり、また、早い子どもであれば声を出して笑うようになるなど、表情も日増しに豊かになっていくでしょう。
このような段階では、どうしても赤ちゃんの変化に目が奪われて、成長をただ喜ぶだけになってしまいやすいのですが、親ならではの視点で意識していただきたいことがあります。
それは、身体の変化だけではなく、「心」の変化にも注意を払うということです。
たとえば、どのような音に反応するか、そのときはどんなふうに目を動かしているのか、あるいは、喜んでいるときはどんな仕草をしているか……。
そういったことをしっかりと観察し、そこから、子どもの心の動きをくみ取っていくようにしていただきたいのです。
もちろん、親だからといってすぐに赤ちゃんの心が理解できるわけではありませんから、日々の積み重ねが重要です。
根気よく心を読み取る訓練を重ねていくと、やがて、言葉を発さない赤ちゃんの気持ちが読めるようになっていくはずです。
また、生後8ヶ月くらいになると動きが活発になってきますが、それと同時に自我が芽生えてきます。手を伸ばしたり、声を出したりして、自分の意思を親に伝えようとし始めるでしょう。
このような段階から、子どもの心の動きをキャッチするようにしてきたかどうかということは、子どもが成長すると共に徐々に差がついていきますので、なるべく早い段階から心がけていただきたいと思います。
私のところにも、子ども連れで相談にみえる方がいらっしゃいますが、そういう方を見ていますと、子どもの表面的な行動ばかりに目がいって、心のほうに気持ちが向いていないということが実によくわかります。
たとえば、私が拝殿に向かって拝んでいると、後ろからこんな声が聞こえてくることがあります。
「我慢しなさい!どうしてお利口にできないの!」
振り返ると、相談者の胸に抱かれた赤ちゃんが、手を伸ばし、身をよじりながら「あー、うー」と叫んでいます。
多くの子どもを目にしてきた私は、その姿をひと目見るだけで、「抱っこされていることが窮屈になってきたのね。手足を動かしたいから下に降りたいのね」ということがわかるのですが、その母親は子どもの心に気が回っていませんので、ただただ身体を押さえることに悪戦苦闘するばかり……。
待合室での時間も入れれば、もう長いこと抱かれたままでいるのでしょう。赤ちゃんも抱かれたままでいると疲れます。
つまり、この子は、もう疲れた、手足を伸ばしたい、という気持ちを身体で表現しているのです。
言われてみれば、そんな簡単なこと、と思うでしょうが、ここに気がつかない方が思いのほか多いのです。
もしかすると、赤ちゃんには意思の伝達などできないといった誤った思い込みが、子どもの心をキャッチすることを邪魔しているのかもしれません。
そのような方が多い中、以前、ある相談者がとった行動には、とても感心させられました。
その方は、30代前半の女性。1歳ぐらいの赤ちゃんを胸に抱き、質素ながらも品のいい洋服を着て拝殿に入っていらっしゃいました。
私がその方の相談に答えるうちに、赤ちゃんがそわそわと動き出したのですが、その方は私にひと言「すみません。失礼ですがちょっとよろしいですか」と断りを入れてから、抱いていた赤ちゃんをカーペットの上に寝かせたのです。
「おや、何をするのかな」と見ていますと、その方は赤ちゃんの両足を手で持ち、屈伸運動のようなことをさせ始めました。すると、赤ちゃんは「きゃっきゃっ」と喜び、その後、相談が終わるまでむずがることなく、おとなしく横になっていたのです。
私がみなさんにお伝えしたいのは、この方のように、子どもの心の動きをしっかり見ているかどうか、ということです。
子どもが仕草や目の動きで発しているサインを見逃さずにキャッチするよう心がけていただきたいのです。
ことに0歳〜2歳までは脳が著しく発達する時期でもありますので、子どもが求めていることをしっかり理解してあげるとストレスも少なく、脳をすくすくと発達させるためにも役に立つのです。
また、子どもの心をきちっと読んで対応していた先ほどの相談者の方は、ご自身の話も道理が通っていましたし、私の話もよく理解してくださいました。それは、子どもに限らず、相手の心に気持ちを向ける習慣がしっかりと身についているからでしょう。独身時代からずっとそのようなことを心がけてきたはずです。
そういった日々の小さな心がけが、人生を大きく後押しするものです。
我が子の成長を願う言葉として「這えば立て、立てば歩めの親心」というものがあります。
この言葉は、子どもが這うようになれば早く立つようになって欲しいと望み、立つようになったら今度は早く歩く姿が見てみたい、と願う親心を表したものです。
昔は、「早く」と言いながらも余裕を持って楽しみながら待つことできましたが、今は、この「早く」の部分が加速してきているように思います。
そして、育児書と見比べて一般より遅いと何が悪いのだろうと心配したり、あるいは、ほかの子どもより早く歩くようになって欲しいと躍起になったり……。そのように表面的なことばかりに気をとられていると、子どもの心を見ることを忘れてしまいやすくなるのです。
先へ先へと焦らず、物言わぬ赤ちゃんの心をキャッチできる父親、母親になっていただきたいと切に願います。
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