結婚後、女性が抱える普遍的な悩みの一つとしてよく話題にのぼるのが “嫁姑問題”です。
一昔前までの “嫁姑問題” イコール “嫁いびり” といったケースは少なくなってきたものの、同居の場合は、嫁、姑どちらにもそれぞれに心労があるようです。
よくあるケースとしては、食事や家事などで嫁と姑が主導権争いをして、嫁がご主人(夫)を味方につけようとしてトラブルになることです。
程度の問題はあるにせよ、いつもご主人を独占していたいとか、お姑さんが作ったご飯は夫に食べさせたくないといった態度を取るのは、お嫁さんの我欲です。
お嫁さん自身もいずれ母親となり、姑になるのですから、そのような我は不毛であることに気づいてほしいと思います。
「親子の情 邪魔してみたとて いずれ迷わず その道を行く」(『幸せの詩が聞こえる』主婦と生活社刊より)
親子として培われてきた情は深く、それを断ち切ることはできないし、やがては自分も同じ道を辿るということです。
自分の親のことを考えればわかるように、例え至らないところがあったとしても自分を産み育ててくれたという事実、それはこの世で成長する機会を与えてくれたという意味で、とても有難いことではないでしょうか。
ご主人の親御さんもあなた方と同じように我が子を大切に思い、ある時は厳しく叱り、でもその日の夜は眠っている我が子を見て涙を流したりしてくれたはずです。そのような親の愛に育まれながら大人になったからこそ、あなたも今のご主人と出会えたのです。
また、嫁と姑という関係であっても、魂の法則から見れば、カルマを共有しているからこそ家族になったのであって、そこにはお互いに取り組むべき課題があります。
それを考えれば、例え夫の親であっても、決してないがしろにはできないはずです。
その一方で、お姑さん側にも気をつけていただきたいと思うことがあります。
お姑さんは、何十年とその家を守ってきたという自負とプライドがあります。
それはそれで当然としても、その家のやり方、知識をすぐにお嫁さんに覚えさせようとしたり、若夫婦のやり方に対してあれやこれやと必要以上に口出したり、息子さんにかまい過ぎるのはやはり問題です。
かつて自分が嫁だった時のことを思い出して、温かい目でお嫁さんを見守りながら若夫婦との間に適度な距離を取る心配りをすること。それがお嫁さんとの良好な関係を築くことになり、若い頃には気づけなかった自分の欠点に気づくきっかけにもなるはずです。
もしも今、嫁姑問題で頭を悩ませているのでしたら、ぜひ次の詩を読んでみてください。
「嫁姑がいがみ合う されどもカルマで 親子だったかも」(『幸せの詩が聞こえる』より)
もしかしたら、過去世で背負ったカルマを二人で乗り越えるために、嫁姑という形でこの世で再び巡り合ったのかもしれません。
ですから、多少の苦難があっても、それを心の修行として捉え、相手を責めるのではなく、許すこと。そして、自分の性格の悪い点や不足があるところを見直すように努力していただきたいと思います。
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