悪しき連鎖を断ち切るには、まず知識を得ること、そして教育がとても大切です。
とりわけ、封建的な考え方の誤りに気づくには、いかに教育が大切か__それは、これまでの歴史をふり返るとよくわかります。
かつて、日本では「女性には学問は必要ない」などと言われた時代がありました。
そのため、男子に比べて女子の進学の機会はとても少なく、大正時代になるまでは女性が大学に進学することさえできなかったのです。
初めて女子の受け入れを決めたのは東北帝国大学で、今からおよそ100年前(大正2年)のこと。この時に3人の女性が東北帝国大学に進学し、その中で後に日本初の女性化学者となった黒田チカという女性は、入学当時をこのようにふり返っています。
「新聞は日本ではじめての女子大学生を冷やかし半分に書く、町へ出ると人々の視線を浴びるという、今から思えばなかなか女性の立場の認められていない時代でしたが私どもは意気込みに溢れておりました」
(「東京大学 男女共同参画オフィス 資料1:日本の女子高等教育の歴史」より)
当時、新聞には好意的な記事だけでなく、批判的な意見も多く載せられ、3人の女子学生を受け入れた東北帝国大学でも男子学生たちの反対運動があったとか。
黒田チカさんは、その後、天然色素の研究に着手し、お茶の水女子大学の教授まで務めあげ、紫綬褒章、勲三等宝冠章を受章し、84歳で天寿を全うされたそうです。
彼女の研究資料は日本化学会の化学遺産に認定されており、彼女を含む3人の女性が東北帝大に入学してから100周年にあたる2013年には、両大学において彼女たちをテーマにした企画展が開催され、明治から昭和にかけての激動の時代を科学との関わりの中で生き抜いた女性たちに改めて光が当てられたとのこと。
このように、それまで固く門戸が閉ざされていた女子教育の扉を開いて、孤軍奮闘された女性たちのおかげで、封建的な連鎖の壁が徐々に崩れていったのだと思います。
では、その違いはいったい何なのか?
知識、教育です。ここで言う教育とは、高学歴かどうかということではなく、「自ら学ぶ教育」と捉えてください。
代々ずっと続いてきた男尊女卑という連鎖が断ち切れたのは、知識、教育のおかげ。
日本においても、何十年という歳月をかけてそのように徐々に変わってきたのです。
知識がなければ、物事への疑問もわかず、当たり前の如くその連鎖は続いていくでしょう。
「知識、教育」があれば、「連鎖の無知や愚かさ」に気づいて、変えることができます。
しかし、いまだにそのような連鎖が断ち切れていないケースもたくさんあります。
それは、知識が教育が不足しているのも一つの要因です。
幅広い知識、教育を受けることによって、自分を見つめることができ、他人と自分の違いに気づき、
「この習慣はおかしいのではないか?」
「他から見たら非常識かもしれない」
「これまでの習慣を見直してみよう」
そう思えるようになれれば、その気づきが連鎖を打ち破る第一歩となるのでしょう。
とりわけ教育に関しては、数年前に世界的に注目を浴びた出来事がありました。
どんなに身を危険に晒されても教育の必要性を訴えて戦い続けたパキスタンの17歳の少女、マララ・ユスフザイさんがノーベル平和賞を受賞したのです。
マララさんは、すべての子どもたちにとって教育が当たり前に施されない現状や、イスラム諸国家における初の女性政府首脳(元パキスタン首相)に刺激を受け、学校に通って勉強したいという気持ちやタリバーンに対する恐怖心をブログで訴えるなど、世界に向けて命がけ(実際に、2012年に学校からスクールバスでの帰宅途中に襲われ、頭部と首に2発の銃弾を受けました)で教育の必要性を訴え続けたことによって、最年少でノーベル平和賞を受賞しました。
彼女は国連での演説で、次のように語っています。
「テロリストは(銃撃で)私の目的や希望を打ち砕こうとしたが、私を変えることはできませんでした。反対に弱さや恐怖、絶望は消え、力強さ、情熱、勇気が生まれたのです」
(NNNニュース「銃撃された少女が国連本部で初演説」より)
「私は過激派を憎んではいない。過激派の子供たちを含むすべての子供に教育の機会を与えてほしいと伝えるためにやって来た」
(東京新聞TOKYO web国際「一冊の本 世界を変える」より)
彼女が言うように、教育や自ら学ぶことによって得られる知識こそが、物事を幅広く知ることにつながり、悪い連鎖を断ち切って、男女の区別なくどんな人をも尊重し、思いやる新たなレールを敷いていくことができるのです。
【You Tubeチャンネル】
「運命が丸裸になる」と、
驚きの声、声、声!!
【木村藤子の鑑定公式サイト】
【私にご質問いただけるメルマガはこちら】
・note ・foomii ・まぐまぐ のいずれかで登録できます。
note