青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

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プライドより自己肯定感を持とう

 過去のブログでは自惚れや驕心(慢心)といったようなプライドが、相手との円滑な関係を阻害すると説明をさせていただきました。ここでは、その余計ともいえるプライドをさらに掘り下げ、ふたつのタイプに絞って考えていきたいと思います。

 

 余計なプライドを持つ人は、大きくふたつのグループに分けることができます。まずひとつ目が、自身を保つための守備的なプライド。そして、もう一方が、人を陥れるための攻撃的なプライドです。

 

 守備と攻撃。まるで正反対ですが、実はこれはコインの裏表のように、同じ感情から生まれたプライドなのです。それでは、この表裏一体のプライドとはどういったものなのか、実例を交えながら説明をしていきましょう。

 

    ● 守備型のプライド

 

 この守備型というものは、自分自身を守るために発するプライドのことを指しています。

 

 以前、私のもとに、ある中小企業を経営する男性(以下、Cさん)がいらっしゃいました。Cさんは父親から引き継いだ従業員数十名の企業を営んでいましたが、近年の不景気の波に押され、決して楽ではないという状態が続いていたと言います。

 

 でも、取引先や同業他社の社長さんとのつき合いもありますし、たまには社員にも美味しいものを食べさせてあげたいと、食事に連れていったりしていました。それに、小さいとはいえ一国一城の主として恥ずかしくないようにと、外国の高級車に乗ったり、興味もない服やゴルフにお金をかけていました。

 

 また、会社の経営自体も、自分の力で会社を大きくしたと見せたいばかりに、別に不足してもいないのにも関わらず人員を増やしたり、不必要な投資にお金をつぎ込んで、見栄えよくすることを心掛けていたと言います。

 

 しかし、当然ながら、このようなことをしていてはお金は出て行く一方です。気がつけば苦しかった経営はさらに傾いて、金策に走り回らなくてはいけない状況に陥ってしまいました。

 

 この時点で、Cさんが立ち止まり、身の丈に合った生活や経営に舵を切りさえすれば、もともと実力のあるCさんの会社は建て直すことも可能でした。しかし、一度上げてしまった水準を下げるのには大きな決断が必要です。

 

 Cさんもまた、自分の弱みを晒すことはできないと、そのまま突っ走ってしまい、結局、会社は倒産。家も人手に渡り、すべてを手放すことになってしまいました。その後、Cさんと再びお会いする機会があったのですが、彼はこう語っていました。

 

「私は自分の面子を保つことだけを考えていたんです。〝事業は外見を良く見せなければダメなんだ!〟と……、それがすべての元凶で、なにもかもを失ってしまったんです……」

 

 自分の面子を保つ。つまり、弱みを人に見せることを嫌い、自分自身のプライドを保つがために張る見栄です。これが、まずひとつの目の守備型のプライドの正体なのです。

 

  ● 攻撃型のプライド

 

 次の攻撃型のプライドですが、これも本質的には先ほどのものと大きく変わりはありません。ただし、攻撃型とある通り、このプライドは暴力的な要素を含むので、他者をひどく傷つけてしまう点で、注意が必要です。

 

 このプライドについては、昨今、話題にのぼることが多い熟年離婚を例に考えてみましょう。

 

 長年連れ添った夫婦が、夫の定年退職や子どもの自立を機会に離婚。残された人生を別々の道を歩むことを選択する人々が、この10年間で2倍に増えたといわれています。

 

 その多くの場合、妻側から離婚を切り出すことが圧倒的に多いとされており、事実、私のもとにも妻側からの「もう我慢できません……」とか、「定年後、家にずっと亭主がいることを考えると絶望する……」などという声が多く寄せられています。また、通常の離婚に比べて、熟年離婚では調停に手間取るケースが多いようです。

 

 一体これはなぜなのでしょうか? それは男性側からすると、突然にいわれのない非難を受けたという印象があるためです。統計では、熟年離婚の理由は浮気や借金などという目に見える過失ではなく、先ほど例に出した「我慢できない」などという抽象的な理由が述べられることがほとんどだといわれています。 

 

 一般的に、男性は理屈で納得できないものを受け入れることが苦手とされており、女性はその反対に、理屈よりも感覚を優先させる生き物です。

 

 こればかりは性別の違いなので仕方のないことですが、老年にさしかかってから急に離婚を突きつけられたと感じる男性にとっては、「これまでうまくやってきたのに、なぜ?」という思いがあるのでしょう。なかなか妻の「離婚したい」という意志を受け入れることができないのです。それこそ天変地異が起きたかのようにあたふたとしてしまう理由は、この男性と女性の考え方の違いにあります。

 

 でも、「これまでうまくやってきたのに」というのは、本当のことなのでしょうか?

 もしかしたら、そう思っているのは夫だけという可能性はないのでしょうか?

 

 この双方間のズレがやがて大きな溝となり、離婚につながっていく。これが私の見る熟年離婚の現実です。では、この認識のズレはどこからやってくるのか。それは妻側の離婚事由を見ると、あっさりと判明します。

 

  『妻側から見た離婚理由のあるランキング』

 

 第1位:夫が家事を手伝わない

 第2位:夫の暴言 

 第3位:感謝の気持ちが見えない

 

 どうでしょうか? このブログを読んでいただいている旦那様、身に覚えのあることはありませんでしたか?

 

「このランキングとプライドに何の関係があるんだ!?」そんな抗議の声が聞こえてきそうですが、残念ながらこれがおおいに関係してくるのです。

 

 端的に言ってしまえば、この嫌われる夫の行動ランキングには、男性の身勝手なプライドが隠されています。

 

 例えば、自分は仕事をして稼ぎを入れているんだから、家事を手伝わなくていいと考えてはいませんか?

 

 妻に上から目線で決めつけたり、「なんでこんなこともできないんだ!」というような言葉を投げかけたりしてはいないでしょうか?

 

 また、奥さんに最後に「ありがとう」と伝えたときのことを覚えていますでしょうか?

 

 このランキングに当てはまるご主人は、いわゆる亭主関白タイプの男性です。えてして、こういう方はリビングのソファーにふんぞり返って、きつい口調で妻にあれこれと指図したり、少しでも自分の意に添わないことがあると罵声を繰り出す方が多いように思います。

 

 なぜ、わざわざ人を傷つけるような言動を殊更に強調するのか。その心の内側を見てみると、そこには自分への自信のなさが透けて見えてきます。つまり、ちょっとしたミスをあげつらって妻を虐げたりするのは、相手を貶めることによって己の自信のなさを隠し、相対的に自分の価値が上がるかのように装う、とても身勝手なプライドがあるからなのです。

 

 さて、この守備型と攻撃型のプライドですが、どこか似ていると思いませんか? 一方は自分の面子を守るために強がり、片方は自信のなさを押し隠すために人を責める。どちらにも共通するのは、劣等感から自分を守るということにおいては同じです。

 

 自己評価の低さを受け入れることができず、プライドという名の防御の壁で自分を覆っていく。それがこの表裏一体のプライドだといえるのです。

 

 しかし、あまりにも高い壁を作ってしまっては、周囲の人が内側に入ってくることは簡単ではありません。むしろ、離れていってしまう可能性が上がるだけでしょう。まさに、余計なプライドのために人生につまづいてしまった典型的な姿なのではないでしょうか。

 

 

 

 

「運命が丸裸になる」と、

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