青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

愛される人

 人はどのような人を愛すのか? 

 

 非常に大きな命題です。人間は誰しもが愛されたいと願っています。それこそ、この世に生を受けたときから母親の愛を求め、いずれは人生の伴侶と出会い、愛を育んでいきます。その愛を求める願いは、渇望を超えた本能といってもよいものだと思います。

 

 もちろん、人にはそれぞれ好みというものが存在します。心根の優しい人が良いという人もいれば、頼りがいのある人を選ぶ方もいます。この世の中には人の数だけ愛する人の形があるはずです。

 

 つまり、愛とは千差万別なものであるといえるのではないでしょうか。

 では、すべての人々が愛する人格というものは、この世の中には存在しないのでしょうか。

 

 私は、それは〝気品〟を兼ね備えた人物なのではないかと考えています。愛される人物とは、そして、〝気品〟とは何かについて、私の見解を述べさせていただきたいと思います。

 

 その前に、まずは一般的に人目を引く外見上の美について考えてみましょう。人は多くの場合、見た目で美しい人間、いわゆる美男美女に惹かれ、目がいきます。

 

 しかし、容姿の美醜だけで好みが決まるほど、人間とは単純なものではありません。実際に、どんなにイケメンでも自己中心的な性格をした男性では、いずれ女性は離れていきます。また逆に、どれだけ美しい女性でも、わがまま勝手だったり慎ましさに欠けてしまうと、男性は去っていくものです。

 

 つまり、外見上の美しさだけですべてが決まり、幸せになれるとは限らないということです。

 

 例えば、ひとりの美女がいたとします。彼女は確かに美しいのですが、それを自覚して化粧を施し、華美に着飾っているような女性です。着飾ることに罪はありません。お洒落をすることで気分もよくなります。問題は、己を美をひけらかすような〝傲慢さ〟にあるのです。はたしてこのような美を、本当の美しさと呼ぶことができるのでしょうか? それは、見せかけだけの美なのではないでしょうか。

 

 では、真実の美とはいったいどのようなものなのでしょう。

 

 それは見た目だけではなく、内面から滲み出る〝気品〟〝品格〟を持った美しさのことを指します。もちろん、これは外見を着飾ることで手に入れられるものではありません。また、〝気品〟〝品格〟そのものも、一朝一夕に身につくものではないのです。

 

 内面から滲み出る〝気品〟〝品格〟とは、すなわち、長い時間をかけて熟成させてきた高い知性と正しい常識、いわゆる〝教養〟のことを言います。

 

 教養の高い人は己に自信を持っているものですから、たとえ誰かに外見上の美醜で非難されたとしても、まったく気にすることはありません。見せかけだけの美しさが浅はかなものであるということを、その教養から知っているのです。また、教養を持つ人は、わざわざ人に自分を誇るようなこともしません。己の知識がこの世の中ではごく一部でしかないということを、心で理解しているからです。これも知識です。

 

 誰しもが愛する人物像。それは、飾らない自然な美しさを身につけた人だと私は考えています。つまり、等身大の自分を受け入れ、それを隠さない慎ましさが、人を惹きつけてやまないのです。

  

 

 

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