青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

うわべだけよく見せても、内面は透けて見えてしまうもの

 若い頃、人との会話で学んだことがあります。

 

 相手の女性は、女優さんのようにとてもきれいな美貌と容姿の持ち主でした。学歴も有名大学卒の高学歴。

 

 とても丁寧な言葉づかいで、表情もいつもニコニコしていて、見た目ではとても嘘をつくようには見えませんでした。

 

 ところが、その女性は嘘に嘘を重ね、まわりの人に自分を信じさせ、私はみごとに裏切られたのです。でもやはり、その女性は嘘で信じさせたその人たちをも、またすぐに裏切ったのです。

 

 裏切られたのは、私が見抜けなかったということです。

 

 その時に私は悟りました。「ああ、この人には美貌とスタイルしかないんだな」「うわべだけで生きる人生なんだ」と。

 

 人がこの世に生まれる時に、神がその人に何を持って生まれるかを問うたならば、彼女はきれいな心よりも美貌とスタイルを選んだのかもしれません。

 

 彼女はとてもプライドが高く、平気で嘘をつく。その嘘をつく時こそ、特別おだやかな言葉、表現で誰もが信じてしまうほどの行動を取るのです。

 

 それによって、それがバレた時、よりいっそう関わった人は彼女を毛嫌いし、あきれはてるわけです。

 

 それをくり返す彼女は、当然事業を始めてもうまくいかず、綱渡りの如くの人生を送ることになるのです。

 

 もう一つ例をあげると、私が中学時代にこんなことがありました。

 

 両親が離婚したために、祖母に育てられた女の子がいました。

 

 その子がいうには、祖母から、「人を見たらニコニコしなさい。良い人になってお世辞をいっていればいい。そして背中を向けたら『あかんべー』と心で思えばいい」と教えられたというのです。

 

 本音と建前の使い分け…それにしてもひどい話です。

 

 当時、彼女からその話を聞かされた私はとてもショックを受けて、何日も何日も考え込みました。

 

 思いあまって母に話したら、母は微笑みながら「うーん」といったままで私を見つめていました。その時の母の目がとても印象に残っています。

 

 母は私のいいたかったのかもしれません。「その子は不憫な子ども。でもそれは人様を見下すこと。それは世間では通用しない」と。今でもその時の母とのやりとりを折にふれて想い出します。

 

 若い頃はうわべだけつくろってごまかせるかもしれません。でも、30、40歳になってくると、周りの人も人を見る目が養われて、やがては通用しなくなるでしょう。

 

 いくらうわべだけよく見せても、あるいはベラベラと口先だけ上手であっても、常識人としての知識がある人から見るとその人の内面が透けて見えるので、ごまかしがきかないのです。

 

 我、人を見る。

 他人も我を見る。

 

 これは『幸せの詩が聞こえる』(主婦と生活者)の中でも紹介した私の言葉ですが、自分だけではなく、他人もまた自分を見ているという意味です。

 

 これも大事な知識です。

 

 

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