神から透視力というご利益を授かった私にとって、神を守るとは__私はその責任において、「これまで語り継がれてきた見えない世界についての迷信」を排し、さまざまな愚かな部分の連鎖を断たせなければならない大切な役目をいただいていると思います。
迷信の中でも、特に目につくのが「憑依」の問題です。
少し前までは、テレビや雑誌などでもさかんに憑依現象が取りざたされておりましたが、根拠のない連鎖が見え隠れします。
神から本当に透視力や除(浄)霊力を授かっていない人たちが、集客目的や自らの力を誇示するがため、ありもしないことをさもあるかのように語り、知識不足の相談者がそれを鵜呑みにしているのです。
なぜそのようなことが絶えないのか?
①「あなたには『悪霊が憑依』している」
②「憑依を取らなくては決して幸せにはなれない」
③「憑依霊を取るために強力な守護霊をつけてあげましょう」
前ほどではないのですが、今でも数多くの相談者がこうした言葉を鵜呑みにして、私のところを訪れます。
①②のように、もし「憑依」を透視能力で確認できるご利益を授かっているならば、除霊をしてくれないと言葉の責任が果たせません。
しかし、「そのように考えられない」相談者自体にも問題があります。
知識不足ゆえ、信じ込むのですから、果たして、騙す人が悪いのか、騙される人が悪いのか? 騙す方は承知でしているわけですから__。
いずれにしても、私にすれば許せないものを感じています。
このような似非能力者は、本当の霊障とはどのようなものかを知りません。透視能力さえ授かったことがないため、わからないのです。そこには、「そうでもしないとお客が集まらないし、霊障だと言わないとお客が満足しないから」という彼らの本音があるようです。
集客や利益目的で「霊能」を売り物にしている人物であれば、当然その能力が本物でないことは本人が一番よく知っているわけですから、それは一つの “事業” としてやっていることで、見抜くか、見抜けないかに関わってくるわけです。
また、私のところに来られる相談者には、「自分の心の中で期待するような結果」だけを聞きたい人もいます。
「何のために来たのか?」と思えるような態度で、
「欠点や知らない不足を知り、新たな幸せに進みたいのか?」
「病気であればどうすべきか?」
「事業が上手くいかないのはなぜか?」
を聞くべきなのに、「誰かのせい、霊や先祖、神仏のせいにして、自分の欠点から遠ざかりたい様子が見受けられる」ことが多々あります。
これが私とのくい違いを生じ、それゆえ「欠点ばかり言う」とか「意味不明なことを言う」「聞いてもいないことをグダグダ言われた」というゆえんでした。
「なぜ除霊をしてくれないの?」と言う方もおり、霊障でもないのに「霊障だから除霊して」と頼んできます。悪いことは霊のせいにして、自分の欠点を認めない。その愚かささえ理解できないでいるのです。
しかも、それが高額な料金だったり、弱みにつけ込んだやり方をしているところであれば、「本人の気持ちがそれですっきりするならばいい!!」ではすまされない問題です。
いつの世も、善があれば悪がある。この世の修行が続く限り、絶えることなくそれは続くと思います。
とはいえ、時代も変わり、文化や科学が進み、さまざまな知識を得られる今の時代、私たちはもっと「考える力」と「人の心を読む力」を高める必要があります。
一昔前、私がこの仕事を始めた頃に比べて、相談者の意識は高く評価できるようになりましたが、もっともっとレベルアップしてほしいものです。
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