青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

天から与えられた使命

みなさんの中には、

 

「私に与えられた使命とは、いったい何なのだろう?」

 

「この世に自分が生まれてきた目的は何なのか?」

 

といった疑問を持って、私のところを訪れる方もいらっしゃると思います。しかし、実はそういった使命や目的というものも、運命によって決められているのです。

 

わかりやすく説明するなら、その人のカルマに合ったお役目として、仕事が与えられているのです。

 

もちろん、天から与えられたお役目を、その人自身がすんなり受け入れられるかどうかは人それぞれです。そこには、どんなカルマが関わっているのか、といったことも関係しているかと思います。私自身も、透視能力者としてのお役目を受け入れるまでにはさまざまな葛藤がありました。

 

というのも、透視能力者として生きていくことは、私が望んだことではなく、神から授けられた使命であり、私のカルマが引き寄せたお役目だということに深く気づくまでには、それ相応の時間がかかったからなのです。

 

もちろん今では、みなさんに幸せになっていただきたい一心で、それこそ自分の見栄も外聞も捨て、厳しいお役目に取り組んでいますが、実は、そうなるにはあるきっかけがあったのです。

 

そこで、みなさんがそれぞれに与えられた使命に関する気づきを深めるために、私自身が運命として与えられた使命をしっかりと認め、自覚するに至った、ある出来事をお話ししたいと思います。

 

それは、忘れもしない、私が三十四歳のときのことです。

 

その日、私は、神からご利益(=霊的な力)を授けていただけることを、あらかじめ母から伝えられていたので、「ご利益をいただいた暁には、どうぞ怠けませんように」と念じながら、拝殿に向かって神に祝詞をあげていました。

 

すると、十分ほどたった頃でしょうか、突然、視界の右側のほうからスーッと女性が現れたのです。その女性は笏を持ち、おすべらかし(平安時代の貴族の女性の髪型)の長い髪を垂らし、深紅の十二単をまとっていました。平安時代の女性のような姿、といえばわかりやすいでしょうか。そのような姿格好をした女性が歩いてくる姿が見えたのです。

 

すると今度は、突然、女性の顔だけが、映画のワンシーンのようにクローズアップになって見えます。その女性はとても美しい顔立ちで、純粋なまなざしをしています。

 

「ああ、なんて美しいんだろう」と思っていると、その女性が私自身であることを神が教えてくれました。

 

「いやいや、私はこんなに美しくない」と心で否定するものの、まぎれもなく、その女性は私であるということがわかって唖然としたのを覚えています。

 

神は、私の持っている魂を見せてくれていたのでしょう。いわば、魂の世界にいる私の姿、といえるのかもしれません。

 

ともかく、「これは私だ」と思うやいなや、今度は、私はその女性とすっと一体となり、気がつくと、拝殿の中におりました。傍らを見ると、頭に烏帽子をかぶった白装束の男性が左右にひとりずつ控えており、腰を低くして、非常にへりくだった様子で長い廊下を案内していきます。

 

その建物のなんと懐かしいこと。まるで、故郷のわが家に帰ってきたように、懐かしさ、うれしさでいっぱいになり、柱を見、天井を見……と、あちらこちらを眺めていました。

 

やがて、案内をしてくれていた白装束のふたりが、「どうぞ、お進みください」とでもいうように手を差し出して私を前方へと促します。そして前を向くと、そのふたりが正面のふすまを左右にサーッと開いて、行く手を示してくれるのです。

 

見ると、ふすまの向こうにも同じような部屋が続いています。私はなおも、懐かしさであっちを見、こっちを見、と、のんきな気分で歩いていました。

 

今、思い起こすと不思議な気もしますが、そのときには、まったく怖くもなく、緊張感も何もありませんでした。ただただ懐かしく、うれしかった感覚が今でも残っています。

 

そのようにして、いったい、いくつのふすまが開いたでしょうか。やがて大広間に出ると、あまたの神々が両脇に控え、部屋のいちばん奥に、男性の神がいらっしゃったのです。

 

その神は、私が来るのを心待ちにしてくれていたようでした。まことに畏れ多いことですが、十二単をまとった私は、神を見ても、ただただ懐かしいばかり。怖じ気づくようなこともなく、まるで、故郷の父親に会ったような気持ちでした。

 

すると、その神は私に向かって、

 

「この日を待っていたぞ。もっと近くに来るがよい」

 

と、あたたかいお言葉をかけてくださったのです。その優しい声は、今でもしっかりと私の耳に残っています。そして、私にさまざまなご利益を授けてくださいました。

 

神からいただいたご利益は、透視や除霊の際に必要な勾玉や古代の巻物、弓矢、大小の剣などですが、神はそれらの取り扱い方をひとつひとつ丁寧に説明してくださいました。

 

しかし、今思えば失礼なことをしたと思うのですが、そのときの私は、それらのご利益にまったくといっていいほど興味がありませんでした。それでも、神はそんな私を叱ったり咎めたりすることもなく、まるで駄々っ子をなだめる父親のような優しい口調で語りかけてくれたのです。

 

このときに授かった弓矢や剣は、除霊をする際に身を守るためのものなのですが、これをいただいたおかげで、私はこれまで数多くの除霊をしてきましたが、霊障を受けたことは一度もありません。

 

そして、すべての説明が終わると、神は、

 

「ご利益は全部授けたぞ。しっかりと世のため人のために働いて、帰ってくるがよい。待っているぞ」

 

と私に言われたのです。この、「待っているぞ」というあたたかい言葉は、私の心に深く沁み込みました。このひと言で、それまで神の世界に進むのを拒んでいた私が、死ぬに死ねない時期を通り抜け、「よし、やるぞ」という意欲を持ち、気持ちを新たにすることができたのです。

 

さまざまなご相談に応えるなか、時に、私の真意が伝わらなかったり、誤解を受けたりして落ち込んだときは、そのつど、この言葉を思い出しては、自分を励ますことができます。そして、「いつの日か、あの懐かしい場所に帰れるんだ」という思いは、今では私の大きな支えにもなっています。

 

このようにして、私は神のお姿を見せていただきました。ですが、透視能力者としての使命を担っていくことを素直に受け入れられない私をなだめすかし、そして自分の部下として使うことができるように私を引き上げるのは、神といえども大変なことだったろうと今では理解し、本当にありがたいことだったと心から感謝しています。

 

もちろん、私の身に起こったことは特殊な例ではありますが、いずれにせよ、この世に生まれた人にはすべて、天から与えられたお役目、使命というものがあるのです。

 

それは透視能力者やスピリチュアルカウンセラーだけではなく、たとえば、タクシーの運転手さん、お米を作る人、医師、介護士、八百屋さん、コンピュータのプログラマー、保育士などのありとあらゆる仕事がすべて、天から与えられた使命なのです。世の中の人が共存していくためには、それぞれが人の役に立つ役目を授けられているわけで、もちろん、どの仕事が偉くて、どの仕事が偉くないなどということはありません。

 

ですから、いわば、今、就いている仕事がその人にとっての天職。人はみな、生まれ持った使命に導かれ、今の職業に就いているのです。

 

さて、みなさんは今、どんな仕事やお役目を担っているでしょうか。

 

天から与えられたという視点で、今一度、その仕事やお役目を見つめ直してみてはいかがでしょうか。そうすればきっと、新たな発見や気づきといったものがあるのではないかと思います。

 

 

 

「運命が丸裸になる」と、

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