私が神からご利益をいただいてしばらく経った二十四歳の時。不思議な縁があって主人と結婚することになりました。
その後、男の子と女の子、ふたりの子どもにも恵まれました。
途中、苦しい時期もありましたが、つつが無く暮らしてこられたこと、そして今も全力で仕事に励んでいられるのは、ずっと私を見守り続けてくれた息子と娘、定年退職後には私の仕事を手伝ってくれるようになった主人の温かい応援のお陰だと心から感謝しています。
それでも、1990年代の「霊能者」ブームの頃は、神殿を訪ねてくる方たちの相談事に加え、テレビ番組への出演などもあって、非常に忙しい毎日を過ごしていました。
朝早くから夜遅くまで相談者の話を聞き、ほんの少しだけ眠っては、また朝がくるといった慌ただしい生活。当時は、あまりの忙しさに、主人や子どものことを一番に考えてあげることすらできなくなっていたように思います。
私の母も霊能者でした。私と母とでは神からいただいたご利益が違うので、私が現在行っている「透視」とは少し違う方法だと思いますが、近所の方々や遠方から訪ねてくる方たちに、神の声の代弁者としてメッセージを伝える仕事をしていました。
かなり多忙な毎日だったこともあり、八人兄妹の末っ子である私は兄や姉たちと過ごす時間の方が多かったとは思いますが、母は私が疑問に思って「何故? どうして?」と細々聞くことに対して、いつも根気よく、噛み砕くように丁寧に応えてくれたのを覚えています。
忙しく日常を過ごしていると、誰よりも疎かにしてはいけない、もっとも身近な人たちをつい、なおざりにしてしまうことがありますが、自分の人生で一番大切なものは何なのか?
忙しければ忙しいほど、それを自分自身に問いかける必要があるのではないでしょうか。
子育ての中で、大切なものの存在に思いを馳せることがあります。
私も子どもたちとの会話の中で、多くのことを学んできました。昔の母親は自分のことはさて置いても、可愛い子どもにはお腹いっぱい食べさせたい、安全な場所でゆっくり眠れる環境を作ってやりたいといった気持ちが優先していました。
現代では、同じように子どもを愛する故に与えるものが、いい学校に入れたい、きれいな洋服を着せてやりたいというような、親の見栄を押し付ける内容に変わってきているようにも思います。
親にとって何よりも大切な子ども、たくさんの愛や知識を与えてくれた父母、そしてお互いを高め合うためのパートナー。自分にとって何にも代え難い人が誰なのかを、しっかり把握できるよう努めていきましょう。
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