気づくことによって何が変わるのか?
これまでの私の本やブログを読んでいただければ、ある程度ご理解いただけると思いますが、ひとことでいうと次のようにまとめられます。
一、悪いカルマを解消する→不和やトラブルを未然に防ぐ。
一、善いカルマを増やす→人と和合し自分の使命を果たす。
一、スピリットを磨く→ものごとの理解が深まり、本当の幸せを得る。
つまり、気づきは幸せロードの扉を開く鍵。そしてその気づきを促してくれるのが知識を得ること、学ぶことです。
幅広い知識を得ることによって、ものごとの理解力や判断力が養われ、良識(善いこと悪いことの判断基準)が身について、心の中で気づきが促されます。
知識がなければ、学ぶことをしなければ、自分の心に不足や欠点があることにも気づかない。それゆえスピリットの向上も望めません。
だから、気づきは知識。心の不足を知り、カルマを克服するためには、学ぶこと、幅広い知識を得ることが大事なのです。
なぜ私が「気づきとは知識である」と断言するかというと、私が仕事上経験を重ねる中で、これをクリアできずに魂の向上は不可能であることに気づいたことからそれを強調し、皆さんに自らの心で幸せロードを築いていただきたいからです。
新たな知識を得ることは、時代を先取りすることにつながります。
30数年前、私がテレビに出始めるようになった頃は、何でも「霊の障りだ」「除霊すればいい」という風潮がとても強かったことから、私は内心反発の心が強く、あきれはてることも多かったものです。
でも、もうその時代も古いのです。
テレビに出ている頃、私が「もっと先取りしなくてはいけない」といったら、あるテレビ局のプロデューサーが「先取り」を「先撮り」と勘違いされたという話がありました。
それから数年後、私の『気づきの「幸せ」』を読んで、そのプロデューサーが「あの時、先取りといったのは、このことをいいたかったのか。それに気づいて声も出ないほどだった」といいました。
先取りという意味が、私の本を読んでわかったというのです。
その時、私がいいたかったのは、霊能番組ではほとんど「霊障もの」をテーマにしたような時代だったので、「罪のない自分の祖先を疑ってはいけない」という正しい知識を提供したかったのです。
それまでは、何か困った問題があると何でもかんでも「浮かばれていない先祖の霊のせい」にする人が多くいました。
そのため、透視、霊視といえば、見える、見えない、当たる、当たらないといったことが人々の注目を集めました。
正直なところ、私自身、「なぜこんなことをやらなければいけないのだろう?」と疑問を持ちつつも、いつの日かこの「気づき」を日本全国の方々に教えたく、気が進まないテレビ出演も頑張りながら、チャンスを待ち続け、ようやくの思いで「気づき」が本になったのです。
そもそもご先祖さまが簡単にたたることはないし、透視(霊視)をしてみると問題の原因の多くが本人のカルマであることははっきりしています。
霊障と先祖供養の違い、区別がつかない人がいかに多いか……。
私は、いろいろなメディアを通じて、「先祖はそう簡単にたたらないし、何でもかんでも霊障のせいにしてはいけない」といい続けました。たとえ非難されても……。
その結果、どれだけの人が救われたことでしょう。
国民の多くが、やがては自分自身が先祖になる時が必ずくるでしょう。
そこでもし、先祖に対する誤った知識を捨て、霊障の意味もしっかりと正しく把握しておかなければ、もしかすると、未来においてあなたの大切な子孫からあなたご自身が霊障を現しているといわれる可能性もないとは限らないのです。
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