青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の暮らしから得る気づき

透視人生30年以上のキャリアで培ってきた、誰しもが幸福になる生き方、考え方をお伝えします。

六根清浄

心を清らかにする、六根清浄大祓の祝詞をご紹介いたします。

 

 

六根清浄大祓

ろっこんしょうじょうおおはらえ

 

天照坐皇大神の宣はく

あまてらしますすめおほかみののたまはく



人は即ち天下の神物なり

ひとはすなはちあめがしたのみたまものなり



須らく静め謐まることを掌るべし

すべからくしずめしずまることをつかさどるべし



心は即ち神明の本主たり

こころはすなわちかみとかみとのもとのあるじたり



心神を傷ましむる莫かれ

わがたましひをいたましむるなかれ



是の故に目に諸諸の不浄を見て

このゆえにめにもろもろのふじょうをみて



心に諸諸の不浄を見ず

このゆえにめにもろもろのふじょうをみず



耳に諸諸の不浄を聞いて

みみにもろもろのふじょうをきいて



心に諸諸の不浄を聞かず

こころにもろもろのふじょうをきかず



鼻に諸諸の不浄を嗅いで

はなにもろもろのふじょうをかいで



心に諸諸の不浄を嗅かず

こころにもろもろのふじょうをかかず



口に諸諸の不浄を言ひて

くちにもろもろのふじょうをいひて



心に諸諸の不浄を言はず

こころにもろもろのふじょうをいはず



身に諸諸の不浄を触れ

みにもろもろのふじょうをふれ

 

心に諸諸の不浄を触れず

こころにもろもろのふじょうをふれず



意に諸諸々不浄を思ひて

こころにもろもろのふじょうをおもひて



心に諸諸の不浄を想はず

こころにもろもろのふじょうをおもはず



是の時に清く潔よき偈あり

このときにきよくいさぎよきことあり



諸諸の法は影と像の如く

もろもろののりはかげとかたちのごとく



清く浄よければ仮にも穢がるることなし

きよくきよよければかりにもけがるることなし



説を取らば得べからず

ことをとらばうべからず



皆因よりして業とは生る

みなはなよりしてこのみとはなる



我が身は即ち六根清浄なり

わがみはすなわちろっこんしょうじょうなり



六根清浄なるが故に

ろっこんしょうじょうなるがゆえに



五臓の神君安寧なり

ごぞうのしんくんあんねいなり



五臓の神君安寧なるが故に

ごぞうのしんくんあんねいなるがゆえに



天地の神と同根なり

あめつちのかみとどうこんなり



天地の神と同根なるが故に

あめつちのかみとどうこんなるがゆえに



万物の霊と同根なり

ばんぶつのれいとどうこんなり



万物の霊と同根なるが故に

ばんぶつのれいとどうこんなるがゆえに



為す所願として成就せずと云ふことなし

なすところねがいとしてじょうじゅせずといふことなし



無上の霊宝神道加持

むじょうのれいほうしんとうかじ

 

 

【現代語訳】

 

アマテラスオオミカミがお告げになった

人間は地上に現れた神の子、神分霊である

常に全宇宙の実相を静観しなさい

本当の心こそ神と神の子の大本である

本心を裏切らないように生きなさい

だから、現象としての目にたくさんの汚いものを見ても、実相の心では汚いものは見ない

現象としての耳にたくさんの汚いものを聞いても、実相の心では汚いものは聞かない

現象としての鼻にたくさんの汚いニオイを嗅いでも、実相の心では汚いニオイは嗅がない

現象としての口にたくさんの汚い言葉を発しても、実相の心では汚い言葉は発しない

現象としての身体にたくさんの汚いものに触れても、実相の心では汚いものに触れない

現象としての心にたくさんの汚い考えが浮かんでも、実相の心では汚い考えを浮かべない

この時に心は清く澄みきって実相が現れてくる

多くの現象は影や映像のようであって実体ではない

もともと清いのだから汚れようがないが、論理に走るとそのことがわからない

すべて美しい花から実がなる

だから我が身は六根清浄である

六根清浄だから五臓に宿る神さまは安寧である

我が心身は健やかであるから、天地の神さまと繋がることができる

天地の神さまと繋がることができるから、万物の霊と一体になることができる

万物の霊と一体となるのであるから、願うものはすべて成就できる

至上の霊的な宝 神さまの大いなる力